第5話 異世界猫、大いに慌てる。
僕には大収穫、
この彼女専用な多用途神導器は結局六対十二体(本体から分裂するミニを含めれば無数)まで増殖し、後にその肌理細かで多種多様な自律式サポート能力故に『神の手シリーズ』と呼ばれるようになる(もうこの子達の無い生活なんてありえない! だってさ)。
まだ出現したばかりの迷宮がそんなホライに抗える筈も無く、半ば散策のような気分で踏破・掌握された迷宮コアは消滅より完全降伏を選択(彼女曰く『ビビり過ぎて震えてるように見えた』らしい)。
彼女と迷宮コアとの平和的な交渉(?)の結果オットケーネ近郊の木立エリアからは離れて貰い、都市から程良い近さの立地へ移転させる事となった(通常はコアルームから引き離すと活動を停止し迷宮が崩壊する所を、僕がどうにかする事に)。
既に中~上級クラスの迷宮は存在しており、その利益を求めて発展したオットケーネには新たに発見された初級クラスの迷宮が加わり、街は更なる拡大を見せてゆく。
細工師と冒険者の兼業を営んでいたコマルーレは御使いの巫女として僕専属となり(あの時にしれっと着せ替えした防御マシマシ巫女服は恥ずかしいからって封印されちゃったよ)、大いに喜んだ母上から『可及的速やかに連れて来るように』とのお達し(認証時の僕宛メッセージがそう)を受けて例の大地の果てへと彼女と共に舞い戻る事に。
流石に大巫女と言えど猫神であるンナァーン母上の神力は強力過ぎたのか近付いただけで動けなくなってしまい(本来は遥か遠くを越えて猫系種族への伝達を担う役って感じだからね)、『あらあら、困りましたね~。これでは孫も抱けなくなってしまうわ~』と神らしからぬ世俗めいた発言の後でコマルーレへ ”猫神の寵愛” と ”猫神の加護” と序でに ”猫神の大巫女” の認証をさらっと与えてしまう事態に(御使いの巫女との重複認証は異例中の異例)。
猫神の御使いの僕(マイル)と猫神ンナァーンという二つの神力をうっかりお裾分けされたコマルーレは勢い余って猫人族から猫亜神族へとステータスが変化。
図らずも彼女は巫女という立場で在りながら、半神とでも言うべき神格を得る結果になってしまった(神の領域に片足を突っ込んだって奴かな)。
神力は魔力とは桁違いの高密度なエネルギーの塊で、並の人族が直接神力を体内に入れると、その劇薬のようなエネルギーが暴発して身体中を駆け巡った挙げ句最悪死に至ってしまう(良くて全身から血を吹き出して倒れ、悪くて木っ端微塵になって
彼女が無事だったのは大巫女という血の下地と神力を扱う高い適性、何より僕の神力(母上直系の系統)を事前に受け入れた事で多少なりとも耐性めいた物が生まれたから、としか推測出来ないんだよね。
一歩間違えば僕はコマルーレを失っていたかも知れず、この時ばかりは母上の軽率な行為に思わずキレてしまった。
それはもう、母上の直属であるシファーング姉様が僕を本気で止めに入るぐらいに。
母上は母上で『だってマイルとの相性が良好そうだったから、大丈夫だろうと思って~』とのほほんと返される始末。
その後に『折角マイルが素敵な
母上、肉食系の積極性をこんな場面で発揮しないで下さい。そして連れて来いという指示を出したのはそもそも母上ですからね……?
例の大地の果てからオットケーネへと帰還する際の空の旅を提供してくれている飛行モードのホライ(大きな白い手と透明障壁で包み込む安楽ソファ形態)に乗りながら、『私って狩られちゃったんだ……』って呟いていたコマルーレの表情が嬉しそうに見えたのは、僕の都合の良い解釈か、単なる記憶違いか。
そこから暫くは僕達の快適な生活環境の構築を主軸に動いていった。
オットケーネの長屋暮らしも否定しないけれど、猫神の大巫女たる彼女を質素な場所へ住まわせていては他の神々やその眷属連中から大変に舐められてしまう。これは非常に宜しくない。
そう、とても宜しくないのだ(大事なので二度繰り返す)。
なので今回は以前から掌握しオットケーネ直近へと移動しておいた迷宮を大いに活用する事とした。
表向きは新発見の初級クラスの迷宮として振る舞いつつ、浅い行き止まり構造に偽装して更なる深層を完全隔離。偽の最終ボスや迷宮コアっぽく見える精巧な造りの偽物部屋を配置してあるので、高名な迷宮研究者でも騙される事請け合いだ(本物の迷宮コアも太鼓判だったよ)。
では冒険者が進めない先のエリアは何の為にあるのかと言うと、僕等七姉弟を始めとした猫神の眷属が自由に訓練出来る一大訓練場として再開発する運びとなった。
領域を拡張するのにはコマルーレや僕の神力を神気レベルへ薄めた物を迷宮コアに与えて、浅層とは比べ物にならない強力な迷宮を生み出してもらった(コア的には僕等の神気は濃厚なチーズケーキみたいで好みらしい)。
敢えて定義付けするなら上級の上の特級の更に上、超級かな? 将来的には超絶級にしても良いかも知れない。そこは僕等七姉弟の成長次第って事で。
そしてその最深部には七姉弟やシファーング姉様、場合によっては母上が訪れられるような施設を備えた居住区画を設けて、此処を僕とコマルーレの拠点兼工房にしたんだ。
僕としては人族の王宮も霞むような規模にしたかったんだけれど、長屋住まいだったコマルーレには恐ろしく落ち着かなくなるから止めてくれと言われちゃって、泣く泣く諦めたよ。
その代わりに母上クラス向けの迎賓館(巨大空間内に生成した豪華施設。擬似的な空や瀟洒な庭園も当然完備)は設けさせて貰った。流石に此方は譲れないね。
迷宮最深部と地上への移動は
当然ながらコマルーレは『だったらここに住んだ方が早くない?』って呆れてたっけ。
言いたい事は流石の僕でも理解出来る(単純に二度手間だからね)。でもこれは猫神としての他神への体裁と言うか牽制と言うか……兎に角、神様達も案外負けず嫌いって奴なのさ。
『ますたぁ。ごはんできたのー』
「うん、ありがとう。すぐに行くから」
『りょうかいでーす』
丈の余った服を着た幼女のようなものがふよふよと工房の宙に現れ、コマルーレが答えると妙な敬礼をして再びスッと宙に溶けるように消えて行く。
あれは完全掌握し神改造した迷宮コアの化身、メイコ(命名:コマルーレ)。僕やコマルーレの神気を与えていたら何時の間にか生えて来ていた。
実体は基本的には無いので(頑張れば手荷物程度なら持てるらしい)迷宮内を自由自在に現れては消えたりして、度々連絡役として使われている。
「
「あらあら、私の事は母神様では無くてお祖母様でしょう~?」
「違うの! 我らの母たる神様だから、母神様なの!」
めっ! と小さな指を立ててンナァーン母上に注意しているのは、僕の娘である長姉のアラマイン。まだまだ仔猫(銀灰色で猫寄りの猫人族姿)だから甘え盛りなのは良いとして、母上は飽くまでも世俗的な呼び方を御所望のようだね。
まあ残念ながら大巫女であるコマルーレが徹底的に教育していて、どうにも覆ら無さそうだけれど。
「シファお姉。おぱい、おぱい~」
「む、私は乳は出んぞ? 諦めろ!」
「や~、や~。おぱい、おぱい~」
「ははは、甘いな。そんな動きでは私を捉えられんぞ!」
白銀の美しい毛並を揺らしている隙皆無な虎人族の流麗美女は、母上の護衛役でもあるシファーング姉様。
当人は子供の世話をしている積もりなのかな? 僕には新兵と接している上官のようにも見えてしまうけれど。
対してそんなシファ姉様の胸元に突撃しようとして悉く躱されているのが、長男のディケ。漆黒の猫人族形態な今の僕を小さくしたような猫人族姿(仔猫)だ。
幼いながらに俊敏な動きで果敢に攻めるも、その不埒な手はシファ姉様には届かない。
何処がという明言は出来ないが、シファ姉様(虎人族形態)の壁は非常に厚い。そう、厚いのだ。
息子よ、迷わず行くが良い。行けば分かるさ(キリッ)。
「……おかー様、おとー様がよそのおんなを見ています」
「そうねぇ。マイルは私のなんかよりも大きいほうが大好きなのかしらね~」
子供達の世話をしていた白い神の手・多用途神導器のホライから末娘を受け取って抱いているジト目のコマルーレと、同じくじっと此方を見詰めているブルーゴールド(星の煌めく夜空色)の猫人族幼女である、次女のスヴァン。
僕としては大きさの多寡は問わない……とか言っている場合じゃ無かった。可及的速やかに妻と娘へと近付き、優し~く語り掛ける。
「コマルーレ。君と僕が最初に出逢った時に言ったじゃないか。 僕は良いと思った事は隠さない、君のような素敵な
「……おとー様。それではシファおねー様の大きくてすてきな
ぐうっ!? スヴァン、僕の常道を初手から圧し折って来るとは。我が愛娘ながら末恐ろしい……っ。
「……スヴァン、それは正確な認識とは言えないね。第一シファ姉様は僕にとっての師であり、決して越えられない存在なんだ。その頂に触れるなんて真似は、生まれたての雛をドラゴンの巣に放り込むのと同じ。決して許される事では……」
「へぇ……だから慎ましやかな私ので我慢していると?」
があっ!? 僕とした事が更なる墓穴をっ……!
「コマルーレ……。君が魅力的では無かった事なんて一時たりとも有り得ない。他の誰がどう思おうと、僕にはコマルーレ、君が最高の女性に決まっているじゃないか!」
「……おとー様、それでは先ほどのしつもんに答えていませんよ? とっさにしらじらしい ”愛のことば” でごまかすのはあくしゅというものです」
……娘よ、君は悪手なんて言葉を何処で覚えたんだい? 父はそんな風に育てた覚えは……薄っすらとは在るけれども。
「……決して我慢は、していないよ。僕は其々の良さを素直に愛したい。只、それだけなんだ……っ!」
「……最っ低~……」
「おとー様……それは ”ドン引き” ってやつですよ?」
この後、僕達の周りでどう対応したら良いのかとあたふたしている白く大きな両方の手(ホライ・ホレフ)と、粛々と母上達へ給仕をし続ける他の神の手シリーズという奇妙な対比の中で、僕はコマルーレの機嫌を宥め続けるのであった……。
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