第4話 異世界猫は、一計を案じる。
『やれやれ……空気が読めないって言葉の意味を知らないのかな?』
まぁ迷宮の異形だし、彼奴等に意識や恐怖なんて有りもしないんだろうけどね。
しかしいざ引っ張られて来てみたら中々面白い事になっていて、思考の邪魔だったから反射的に猫パンチで斃しちゃったよ(因みに単純な物理で殴る奴)。
腕からの失血で半ばパニック状態の彼女はさて置き、黒猫姿の僕を受け止めた巨大な白い手をまじまじと観察してみる。
『……こりゃあ酷いね。何処かの邪教徒が意味も判らず組み上げたにしては精緻過ぎる。差し詰め狂った魔導技師辺りが己の技術を突き詰めたいが故に邪神召喚しようとして失敗したって感じだ』
途中までの術式は合っているし、召喚の確実性を高める為の
このままだと万が一発動に成功したとしても召喚に消費される筈だった莫大なエネルギーの行場が無くて、最悪この魔導器(魔道具の上位版)諸共ドカンと城郭都市周辺程度の範囲を根刮ぎ吹き飛ばして終わりだったろうね。
魔導兵器としてなら威力も十分だし、成功の部類かな? 尤も現存している時点で発動させられ無かったみたいだけれど。
「………っだ、れ………あく…ま……?」
失礼な声がしたので視線を向けると、枯れ木に凭れ掛かった猫寄りな猫人族の娘さんが虚ろな顔で此方を見ていらっしゃる。視界が霞んで僕が黒い塊程度にしか判別出来ていないらしい。
灰色の毛並みに碧い瞳。格好からして冒険者のように見受けられるも、状況から察するに実力の程は知れている。どうやら迷宮が在ると認知されていなくて、近場に居た彼女が運悪く引き寄せ役の異形によって追い込まれてしまったようだ。
『僕を意図的に喚んだって言うよりも、偶々引き寄せちゃったみたいだね。……フムフム、成る程。これは……』
あの未完成な代物で僕を喚べてしまった事といい、この
彼女の詳細を捉えるべく
過去にもそうそう居た訳じゃない稀有な存在。彼女は本物の猫神の巫女、それも相当強力な素質を持った大巫女じゃないか♪
あの魔導器を稼働させるエネルギーなんて、とてもじゃ無いがこの迷宮には有りやしない。逆にあらゆる物から貪欲に生気を吸い取ってしまう場だからね。
ではその源は何処から来たのか? 正解は彼女の裡にある神力だ。
通常周囲の空間や大地から供給される神気の代わりに、自らの生命エネルギーを用いて神力へと変換。閉鎖空間である筈の迷宮内で魔導器を稼働させ、剰え召喚対象である僕とのパスを大巫女としての血の力で探り当てて上書き指定。召喚を成功させてしまったんだ。
邪神用の不完全な術式をひん曲げて僕を喚んじゃえるなんて、無茶を通り越して寧ろ痛快。――しかも本人に全くの自覚無しってのが凄い。
『残念だけど、今の君の状態では長くは持たないし、湧いて出てくる異形達を斃しながらこの場から脱出するのは困難だ。見た所冒険者の君なら、この意味が分かるよね?』
諦めか、僕の言葉にさして驚く事も無く頷く彼女。まあ嘘は言っていない。本来なら止血もせずにここまで意識を保って居られるほうが不思議なんだよ。普通ならね。
僕という存在は濃密な神力の塊そのもの。一切供給の絶たれた状況ならいざ知らず、豊富な供給源が傍に居るんだ。本来彼女程の器ならば特別な繋がりなんか無くたって、勝手に神力を取り込めてしまう。
『そこで僕からの提案だ。生き残る為に僕との繋がりを受け入れるか、若しくは自らの尊厳を守る事を優先し潔く死を受け入れるか。……君自身の意志で選ぶと良い』
「……貴方を、受け入れたら……私は…どうなるの?」
『そうだね……少~しだけ以前の君とは変わってしまうかも知れないが、少なくとも死ぬ事は避けられる。それは保証するよ?』
これも確かな話。只でさえ母上を含む僕等との親和性が高い彼女が、より深い結び付きを得たらどうなってしまうのか。
「……見た目が、化け物みたいに…なったりしない?」
『しないね。美しい君のままさ』
「……こんな、時に……変な事、言わないで」
『そうかい? 僕は良いと思った事は隠さない性分なものでね。特に君のような素敵な
「……もういい。助かるなら、私の魂でも、何でも好きにしてよ……」
『だから僕は悪魔とかじゃ無いんだけどなぁ……まぁ良いや』
了承も得られたし、それじゃあ遠慮無く。
『我マイルの名に於いて、汝コマルーレを――』
「え? …私名前なんて言ってな……」
『はいはい、大事な所だから静かにね――我マイルの名に於いて、汝コマルーレを御使いの巫女として認証し、契りを結ぶものとする。はい送信』
リクエストをポチッとなと。母上からは……超速で許可が降ってきたよ。……何か僕宛のメッセージもあったけど、それは後回し。
「っ!? ………」
向こうにも届いたようで、宙を見ながら困惑しているね。そりゃいきなり変な
『良ければ ”承諾” ってのを押してね。嫌なら ”拒否” で。選んだらもう一回確認が出てくるから、 ”はい” か ”いいえ” を。それで君の命運が決まるよ』
本来時間制限は無いけれど、もうそろそろ……。
『急かしたくは無いんだけど、迷宮が僕等を排除するべく次の手を寄越して来たね。……今回は数で押し切る積もりかな?』
周囲の地面から黒い靄の塊が幾つも湧き出て、像を成すように凝集してゆく。
こんな雑魚なんかよりもリザードやドラゴン系の方がマシだろうに。まだ迷宮自体が成長し切れて無いんだろう。
そうこうしている内に
パパラパパラパパラパパラ、パンパカパーン!(ジャーン!!)
この場に不釣り合いなファンファーレが頭の中に鳴り響く。これは認証処理が完了しましたよという効果音で、通常なら『ピロリン♪』とか『ピポン♪』ぐらいの軽いもの。母上、浮かれちゃってるなぁ。
「あ……え、嘘っ?! 何これっ!?」
うんうん、驚くよねぇ。僕達が直接繋がる事で自在に神力を遣り取り出来るようになったから、早速自動回復で彼女の身体を超再生させて土汚れや血糊を吹き飛ばし、毛並みも極上の艶々に。
所々が破壊された装備や千切れた冒険着、散乱した荷物(と砕けた眼鏡だった物)も新品同様の状態に戻してから此方で回収、僕の巫女らしい素敵な衣装を新たに生成して、光の繭で完璧に隠しつつ瞬時に元の衣服から入れ替えた(勿論眼鏡も忘れずに)。
誰も居ないけど、こういう配慮は忘れちゃいけない。素敵なお嬢さんなら尚更だね。
『これで良し、と。……此処は僕が片付けたんじゃ芸が無いから……コマルーレ』
「へ? ……あっ、猫?!」
「猫じゃなくて、僕はマイルだよ。……ちょっと此奴に君の神力を遠慮無く注いでくれるかな?」
僕の近くに浮かぶ白い厚紙風グローブ擬きこと、不良品だった召喚魔導器を指して、そのまま彼女の前にすいっと動かす。
「普通に喋った……。神力を注ぐって、どうやって……」
「魔道具に魔力を流すのと同じ要領だよ。細工師なら流石に魔道具ぐらい使えるでしょ?」
「なんでそれを……ひゃうっ!?」
彼女の視界に入った異形があっさり消し飛ぶ。寄って来る奴らは適当に僕が虫叩き宜しく自動迎撃してます。
「僕と君はもう繋がっちゃったからね。生まれや家族構成からこれまでの経験とか――」
「あー! あーっ! もういいっ! 分かったからっ!! ……思いっきりやるのね?」
「制御は此方でやるから。ささ、遠慮無くやっちゃって!」
「うぅっ……。どうなっても知らないよ!」
自棄気味に白グローブ擬きへ手を当て、えいやと神力を送り出す彼女。凄まじい密度で注ぎ込まれて行く力の奔流に素早く僕の制御を介入させて、効率の悪かった部分や間違って記述されていた召喚対象指定等の膨大な術式構成群を此方の狙った用途に合わせて大幅改変し、速やかに造り変えて行く。
「もう止めて良いよ………うん。即興でやった割には上出来かな?」
見た目は然程変わらない、白くて大きな手。元を造った魔導技師の影響を極力排除するべく、術式を神力専用の言語で記述し直してある。つまりは主のコマルーレと僕及び上位存在の母上レベルの言う事しか聞かない、文字通り神仕様だね。
「此奴は君と僕の神力で再構成した、君専用の多用途神導器として生まれ変わった。こんな迷宮程度なら君が一言命令するだけで跡形も無く消滅させられるけれど、どうする?」
キョロキョロと周囲を見回した後で早速主を守らねば! とばかりに近場の
この(元)魔導器を何故か気に入っていたみたいだし、僕のサプライズプレゼントは大成功だね♪
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。