第3話 困ったちゃんには鉄槌を……?
「…………う~ん。これなんて良さげっぽくない?」
ちょみっとした眼鏡を時折直しながら誰に言うでもなく呟いて、あーでもないこーでもないとガラクタにしか見えない物が積まれた台の前で唸る碧眼灰色猫系獣人の少女、コマルーレ・マッキ。
ここはリョードリナン大公国の首都からほど近い西部に位置する中核都市、オットケーネの市街地でも少し奥まった場所にあるクロウト地区。
種々雑多な日用品から用途不明の怪しげな魔道具、業者向けのまとめ売りや釘一本からぶつ切りの丸太まで売っているような店など、何でもござれな商店群が集まった地域である。
この街に住む一般住民も来るには来るものの、大抵の場合は地区内の浅い位置にある日用品店に向かう事が殆どで、彼女が居るような深い所の店舗には日陰の変わり者や何らかの専門職、はたまた流れの冒険者が冷やかしでふらっと訪れるのみである。
こじんまりとした店構えのカウンターには毛が伸び過ぎて前が見えているのか良く分からない犬系獣人のお爺ちゃん店主が居座り、天井まで突き刺さるように聳える棚が複数並んでいる。
一見しても素人には判別のつかない部品や、大小入り混じった魔石や輝石、鉱石のようなもの。
迷宮由来と思しき骨董品、妙な模様が掘られた石版らしき欠片、旧式過ぎて使われなくなった家庭用の簡易魔道具。
まるで店主の趣味を無作為に陳列しているだけかのような謎店舗だが、何故か潰れることもなくひっそりと営業を続けているらしく、年季の入った味わいのある雰囲気が彼女のお気に入りでもあった。
そんな実用品と言うよりは窓際のオブジェや細工用の素材としてちらほらと買いに来る客達の隅で、更に何の価値も無さそうな『掘り出し物均一』と書かれた板が貼ってあるガラクタ台の品をコマルーレは手に取った。
『500オース……安いんだか高いんだか知らないけど、妙に惹かれちゃうんだよねぇ』
500オースはありふれた屋台で売られている安物肉の串焼きが買える程度。ボリュームは出せるが旨味に欠けるので、味の濃いタレで誤魔化してあるような庶民の味だ。
複雑な幾何学模様が刻まれた手の平サイズの立方体パズル……のように見える何か。
一見魔道具のようだが、高価な代物である魔道具がこんな投げ売り状態であるはずもなく、どこかの職人が趣味がてらに作った細工品だろうと彼女は判断をした。
モサモサ顔の犬系お爺ちゃん店主に500オース貨一枚を支払い、ありがとうねぇ~と見送られながら店を後にする。
住処である長屋へ帰る途中の屋台で肉と野菜が挟まったピタパンサンドのようなものを買ってはむはむしつつ、コマルーレの頭の中では先程買った立方体パズル的謎物体の事で思考が満たされていた。
『ん~……方向は間違っちゃいないけど、最後の一押しが足んない気がする』
一面が十六分割されていて、手で回すと複雑な動きを見せる立方体を夢中でカチャカチャ動かしたり、色んな方向から眺めたりしてコマルーレはこの物体の構造を推測しようとしてみたが、あれから数日経ってもさっぱり中身は判らずじまいであった(作り手に敬意を表して分解はやらない主義)。
朝起きてご飯を食べてカチャカチャ。
草原や森に採取に出かけては昼食中にカチャカチャ。
猫系獣人特有の俊敏さでさっと街へ帰ってきてギルドへ向かい公衆浴場で労働の汚れを落としたらカチャカチャ。
長屋へ戻り午後からの室内作業をこなしつつ、適当に夕食を済ませて寝る前にカチャカチャ。
分かったことと言えば表面に刻んである幾何学模様に多少の法則性があって、模様を繋げるように組み合わせる事が可能だというもの。
一度全ての模様を繋げてみようと試してみたが、どうやっても一部が違和感のある配置にしかならずに完成させるまでには至らなかった。
これは作った職人がそうなるようにわざと仕組んだのかとも思ったが、細工師(兼冒険者)の端くれとしての何かが『そうではない』と言っている気がして、暇さえあれば触れるようにと常に持ち歩くようになってしまっていた。
最近は謎の立方体パズルに気を取られて懐が寂しくなってしまったのもあり、中級者向け素材を求めて日帰りの出来ない程度の遠方という理由で人気の出ない草原向こうの木立エリアへ行くことに決め、普段よりもしっかりとした装備と荷物を携えて赴いた……までは良かったのだが。
『そりゃ私ってば本業は細工師だし色々あって工房とか構えてもないしそれだけじゃ食えないから兼業で冒険者やってるような半分シロートだよ? でも自分の実力は弁えてるつもりだしだからこそ森の深部とか迷宮入って一攫千金なんて高望みなんざもう滅相もございませんし今回だってちょ~っと行ったこと無い場所だけど近場っちゃ近場だし危険度で言えば下の上の上ぐらいの過疎ってて人が居ないから助けが呼びにくいっていう理由でちょい危険かもぐらいな難易度の場所だったんだよ本来は!』
本来迷宮というのは地下や山中の洞窟などの閉鎖空間に発生し、古代遺跡のような曰く付きの場所以外では開けた場所での発見例が少ないとされている。
だが何事にもイレギュラーというのは付き物で、極稀に次元の歪みや捻れが原因で地表のある一点に迷宮との接点である
それは一過性で終わる事もあれば恒久的に持続する例もあるし(未発見の地下空間が迷宮化すると起こりやすい)、双方向の出入りが可能だったり近づいたものを吸い込むだけ、あるいは迷宮から何かを吐き出すだけという一方通行の場合も有りうる。
冒険者の失踪や予期せぬ討伐案件発生などの原因の中には、一時的に現れたこれらのゲートが関係しているのでは無いかとも言われているが……。
「はぐぅっ! ………がっ……ぁあっ……」
まばらに生える木立の一つに叩き付けられ、ずるずると力無く崩れ落ちる
激痛に左腕を押さえるが、食い千切られてしまったのか肘から先が無い。
『ぁあ……こんなんで死んじゃうんだ……私』
絶望を通り越して諦めにも似た気分で広がる光景を見つめる。そこは一見すると先程まで訪れていたオットケーネ近傍の木立エリアに思えるが、空は重暗い雲で覆われ、木立のようなものは立ち枯れて葉の一枚も無く、纏わりつく空気は靄がかって先が見通せない。
写し身の牢獄――接続した先の環境を模倣した領域を生成し、追い込み役の異形を放って迷宮側の接点、異形の門へと誘い込む。
本来居るはずのない存在に思考を乱された状態では冷静な判断など出来ず、気がつけば迷わされ囚われの身となりやがて斃されて迷宮の糧となってゆく。
どこかで聞いたか何かで読んだんだったか。そんな悪夢のような特異現象を今更ながらに思い出す。
周囲には自らの鮮血が飛び散り、ぶち撒けられた荷物が散乱している。そっちに気を取られてよという淡い期待も虚しく、目の前には顔の半分まで開く細かい牙まみれの口を持つ真っ黒い毛むくじゃらなオランウータン、にも見える巨躯の異形が。
それ自体に自我は無く、ただ迷宮の意思に動かされているだけとも言われ、行動不能になるまで破壊し尽くさなければ決して止まらない。
茫とした二つの眼は彼女を捉えているようにも、向こうの背景を見ているようにも感じられて次の行動がまるで読めない。
左腕喪失の出血により朦朧とし始めた意識の片隅に引っかかる、周囲とは異なる小さな立方体のフォルム。
その行動には最早意味が無かったのかも知れない。何かに気を逸らして確実に迫る死の恐怖から少しでも逃げたかったのか。
近くに転がる手の平大の立方体へ震える右腕を伸ばし、血塗れの手が表面の幾何学的な模様に触れたその時――
身体の内から迸る何かが溢れ、指先から伝わって立方体の表面を光の軌跡が駆け巡る。
その光はぐんぐんと強まり周囲を照らし、やがてコマルーレの胸元近くへと浮かびながら高速で回転。
組み上がった模様はやはり以前と同じように一部のみが繋がって居なかったが、その場所だけが何かを示すように真紅の光を発していた。
『ああ、ここに触れろって事なのか……』
あの時の疑問がすっと腑に落ちる。吸い込まれるように伸びる指。
――カチッ。
何かを押し込むような感触を覚えた瞬間、その立方体は重力に押し潰されたように凝縮したかと思えば、俄に空中へと飛び上がってめきめきと膨張。
白い厚紙で作られたグローブのような巨大な手が出来上がると、何かを掴むような仕草で大きく手の平を虚空へと向けて――
……ズバァアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!
凄まじい轟音が響き渡り、有り得ない速度で飛んできた黒い何かを見事にキャッチ。
それが何なのかを彼女が認識するよりも早く、異形の獣が予備動作も無しにこちらへと飛び込んでくる。
終わった、と思うか思わないかの僅かな時間。
ブレる姿が彼女に迫り切る寸前で、パンッという軽い音を発してその巨体が風船が割れるように弾け飛んだ。
『やれやれ……空気が読めないって言葉の意味を知らないのかな?』
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