狙われる橘

「せ、先輩~。偶然じゃないですか~」


 矢内翠。昼休みの校内で偶然矢内と遭遇。本当に偶然なのかなと思ったが、明らかに挙動不審プラス悪巧みを考えているのがバレバレだとわかるくらい目が泳いで足が震えている。


 こいつのことだから当然俺のことを悪い意味で狙っているのは知っている。

 俺に対して病的なまで執着して、たまに襲撃を仕掛けたり既成事実を作ろうと誘惑してきたり。何が矢内をそこまで執着させているのか。


「お前さ。多分だけど教室にいるときから俺の後を付いてきたんだろ」


「そ、そんなわけないじゃないですか~。それは気持ちの悪いストーカーがやることですよ?」


「いや。だってお前が来ているの見てたから」


「……」


 俺がそう指摘すると矢内は笑顔のまま固まってしまう。


「クラスメイトから指摘されたんだ。変な子が教室のすぐそばにいて橘を見つめているって。お前さ……」


「え? わ、私がそんなあからさまなことしませんって、もう~」


「写真もあるのに?」


 俺はクラスメイトが撮った写真を矢内に見せた。矢内が双眼鏡で俺がいる教室内を覗く姿がバッチリ映っている。つーか、そんなに遠くねぇんだから双眼鏡使うんじゃねーよ。周りの雑音を消すためか知らないが、イヤホンもしているし。


「な、なんで私が双眼鏡で先輩を監視しながら盗聴していることも分かったんです!?!」


「おい! 盗聴は笑えねぇよ!! どこに仕掛けた!?! おいっ!!!」


「先輩の机の裏に……」


「よし、後でちゃんと確認してぶっ壊す。矢内。もう二度と監視も盗聴もやめろ。俺がまだ許しているうちにやめろ。わかったか?」


「もし破ったら……?」


「お前のことが嫌いになる」


「そ、そんな……」


 人形のように力なく崩れ落ちる矢内。どんどんと空気が抜けてしぼんでいく風船のように矢内はやつれていってしまう。


「いや……単にやらなきゃいいじゃねえかよ」


「それだと先輩が何をしているのかわからなくなりますから……」


「わかんなくたっていいじゃねぇか。そこまで執着すると疲れるだろ」


 俺は自販機で飲み物を買って教室に戻った。もちろん、机の裏に貼ってあった盗聴器を見つけて壊すのを忘れずに。




 別日。今度は俺の行きつけの本屋に矢内が現れた。また偶然を装っているが怪しい。


「き、奇遇ですね~先輩」


「お前さ、俺の後付いてきてただろ。なんかずっと見られているなと思ったけど、そういうことなんだろ」


「またまた~。先輩は自意識過剰ですよ」


「嘘つけ。お前の家は俺とは反対の向こう側にあるって聞いたぞ。わざわざこんな僻地の本屋に来る意味はねぇだろ」


「……」


「図星か。とっとと帰れ」


「うわーん!!! 先輩にちょっとでも話そうとしただけなのにーーーーーーー!!!!!!」


 矢内はおもちゃを買ってもらえず駄々をこねる子どものように泣き叫びながら本屋を後にしてしまう。


「……普通に用があるんだったら連絡すりゃいいのにな」




 またある日では。


「おい。こんなところで何をしてるんだ?」


 ある建物の屋上にて。矢内は伏せてスナイパーのエアガンのスコープを覗いていたが、俺に声をかけられてはぁっ、と慌てて転がり回っていた。


「な、なんでも。サバゲーの練習を少し……」


「サバゲ―の練習だとしてもこんな住宅街の真ん中でするんじゃねーよ。つーか、いいエアガン買って何してたんだ? どうせそのスコープで俺に狙いをつけていたんだろ?」


「そ、そんなはずないじゃないですか。物騒なことするはずないですよ」


「嘘つけ。休日の、俺の家からずっと狙いをつけていただろ。そのスコープ、太陽の光で反射してチカチカしてんだよ。どんだけガバガバスナイパーなんだよ。戦場だとすぐ死んでるぞ」


「……」


「あのな。俺に用があるんだったらLAINで連絡すりゃいいじゃねぇか。盗聴器を仕掛けたり、ストーカーしたり。挙句の果てにはこんな玩具でスナイパーごっこ。こんな小細工するくらいなら気楽に連絡しろ」


「で、でも……」


「なんだ?」


 矢内はもじもじして中々話そうとしてくれない。ここは彼女のタイミングを待とう。


「あの、文化祭の件で迷惑をおかけしましたし、私みたいな人が先輩に失礼になってしまうかなと思ってしまうんです」


「なんだ。そんなことか。もう終わったこと気にすんな」


「先輩は怒ってないんですか?」


「怒りに怒りを返して何になるんだ? どこかで負の連鎖を止めないと不幸は繰り返す。歴史が物語ってるだろ。そりゃあ、一歩間違えたら死んでいた。俺だってふざけんなと思ったし、人間としてアウトな行為だ」


「……」


「これ以上は終わり。終わったことをいつまでも振り返りたくねぇしな」


「……」


「罪悪感を抱いているんだったら、それを胸に刻んで生きろ。繰り返さないように心に決めてやりゃいいんじゃねぇの?」


「……はい」


「この話は終わり。そんじゃあ、一緒にどこか行くか」


「え?」


「暇なんだろ。今日一日くらいだったら付き合ってやるよ。どうした? 嫌か?」


「全然そんな! いいんですか?」


「いいんだよ。つーか、そのエアガンは危ないから一旦俺の家に置いてから行くか」


「はい! ありがとうございます! 先輩!!!」


 その後、矢内からちょくちょく愛の重いLAINが届くようになりましたとさ。

 もっと短くていいよ……ずら~って書かれていると読むのダル過ぎだって……。

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