暇つぶし

 長谷部という人間は何を考えているのかわからない。突然連絡が来たと思ったら俺の部屋の窓ガラスを突き破って現れ、なぜかあいつの家で掃除する羽目になったり。


 お駄賃としてポテチをダンボールで三箱貰った時は、俺はこんな脂っこいもののために四時間かけて掃除したのかと思った時、眩暈がして倒れそうになったことがある。


 他にもツチノコを見つけるぞ! と言われて近所の森に連れて行かれて迷子になりかけたことがあったり。長谷部は突拍子もないことを言い出し、笑って、満足したと言って上機嫌だったり。


 あいつは一体何を考えているんだ。俺を振り回して弄んでいるのか。

 それとも単に何も考えずに行動しているのか。


 ある日のこと。エロ本が欲しいと言ってきた長谷部に呼ばれて彼女の自宅に行くことになった。そのタイミングで聞いた。


「なあ。毎回クッソどうでもいいことに俺を呼んで何がしたいんだ?」


「ん~暇つぶし」


「……」


 ああ、そう。暇つぶしね。


「暇つぶしでエロ本を買うのか……」


「うん。だってさ~ネットで買うのってつまんないじゃん。昔ながらのアナログの、それも本の方を店舗で買う。その方がワクワクするじゃ~ん。でしょ?」


「ワクワクしねぇよ。確実にかさばるし処分に困るからやめておけ」


「それは体験談?」


「それは遥か昔の友達。中井君という好奇心旺盛なやつがいた。そいつは青年誌をよく買っていたんだ。グラビアとか、そう言うの目的で。だけどな。そういう雑誌はスペースをとるし、邪魔になってきたらしい。処分しようにも親の目もある。それで仕方なく遠くのスーパーで紙を処分できるところがあったら、数十回自転車に乗って往復して捨てたと聞いた。それを聞いて辞めようと思えたんだ」


「それ千隼の話でしょ? しっしっし」


「……とりあえずだ。俺はおすすめしないからな。年齢確認されたらどうすんだよ」


「そんときはそんとき! じゃんけん!」


 長谷部の突然のじゃんけん。日本人はじゃんけんポン! と言われたら反射的にグーチョキパーの一つを出すだろう。これはお国柄が出る。


「ポン! えー私の負けじゃーん」


「さっさとエロ本買ってこい。そういう罰ゲームやる予定だったかもしれねぇが、自分で買いに行く羽目になっちまうとはな。愉快愉快」


「……ここでやーめたはつまんないから買いに行ってくる。ち、千隼! 私が居ない隙にブラとかショーツを探したりしたらぶっ殺しちゃうんだからね!」


「今時そんなヒロインいねーよ。つーか、俺は他人の下着に興味ねぇからな。俺は寝る。そんじゃ」


「もうちょっとラブコメ主人公みたいに慌てて欲しいんだけどな~。じゃ、いてくる~」


 待つこと三十分。俺は長谷部の部屋にあるクッションを枕代わりにして仮眠をとっていると、ドサドサという音とお腹に痛みと重さが加わって目が覚める。


「千隼の好きなえっちな本だよ~。確か千隼はコスプレが好きだったから、そういうのに特化したもの買ってきたよ!」


「誰がコスプレ好きだっつーの。てかお前……何冊買ってきたんだよ」


 アニメで放送されたら謎の光かモザイクで埋め尽くされてしまうであろう、えっちな本の数々に俺は頭が痛くなってしまう。長谷部はへへへと自慢げに笑いながら胸を張った。


「いざ買ってみるとあっさり買えるもんだよね」


「店員さんの目は気にならねぇのか?」


「全然」


「俺はいつも思うんだ。店員さんはきっとこう思っているはず。『うわっ。こいつきっしょい本買っていくな。吐き気がするわ~』って。俺は店員さんにそう思われているだろう。ああ、諸行無常……」


「それは千隼が被害妄想が過ぎるだけじゃない? 大体の人は仕事でやってるから別に何とも思わないでしょ」


「そうか。そういうものか」


「うん。あ、これなんかいいんじゃない? ほら、この表紙の子、私に似てるじゃん! 千隼はこれを見てシコシコして、『乃唖、お前を今からシコシコの刑に処する!!!』みたいなこと言って……きゃー千隼のえっち~♡」


「馬鹿垂れお前、知り合いに似てる子が表紙のやつでいかがわしいことやらねぇよ! ああ、あいつに似てるじゃん……ってできねぇ。つーかやめろ。これ以上そういう話をすると運営に消されるから!!!」


「いいじゃ~ん。性は三大欲求の一つだし」


 長谷部は面白そうにエッチな本をぺらぺらとページをめくり、男子中学生みたいにきゃっきゃしながら俺に見せつけてきた。


「やめーや。俺はいらねぇからな。お前で処分しとけ」


「え~!?! せっかく千隼のために買ってきたのに~」


「いらねぇよ。ただでさえ、漫画と小説、ラノベで本棚もいっぱいいっぱいなんだ。これ以上、紙の書籍はいらない。頼むから別のやつに渡せ」


「誰に?」


「そうだな……」


 俺の頭上にある白色電球がピカンと光った。


「櫛引。櫛引ってああみえてえっちなこと好きだからいいんじゃねぇの」


 えっちな本はダメよ! 処分よ処分!!! 焼却!!!

 と頬を赤らめながら興味津々にエロ本を凝視する櫛引が脳内に浮かび上がる。


「へ~じゃ、あっすーに渡してくる!」


「今から? あ、おい待てよ!!!」


 後日。俺の鬼畜なまでの命令によって無理やり持ってくるように言われた、と長谷部が櫛引に嘘を吐いたせいで一週間くらい口をきいてもらえなくなったとさ。ちゃんちゃん。

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