B級映画監督のサイン会

 ある日、柊がいつも以上に興奮した様子で俺に話しかけてきた。

 あまりの興奮と早口でまくし立てるから落ち着かせないといけなかった。


 まあ、柊の話を要約すると、あの『ハリケーン・ゾンビ』シリーズを手掛けている監督が日本でサイン会をするということらしい。


 『ハリケーン・ゾンビ』とは。B級映画というジャンルでちょっとだけ流行った映画のタイトルだ。ハリケーンとともにゾンビも飛び交い、人々を食い殺すという荒唐無稽な内容の映画。


 主人公が小型割岩機を使ってゾンビをぐちゃぐちゃに倒していき、そしてハリケーン・ゾンビを止めるべく主人公らが奮闘する。といったストーリーだ。


 そのハリケーン・ゾンビは一作で終わる……はずだった。

 しかし、その馬鹿げたアイデアと突飛なストーリーが日本を中心にバカ受け。


『日本人のおかげで続編を六つ作ることができた。サンキューな☆』


 と、一作目から最終作まで監督を務めた、ジョンソン監督が笑いながらインタビューで答えたとか。ということで、ハリケーン・ゾンビ最終作、『ハリケーン・ゾンビ ~ラスト・オブ・ジ・アース~』が日本で劇場公開が決まり、それに合わせて監督と主演俳優陣が来日。監督のサイン会が開かれる。ということのようだ。


「た、橘君!!! これは行くしかありませんよ!!!」


 柊のゴリ押し。そして、彼女から見るように言われてハリケーン・ゾンビシリーズのすべてを見せられ、そのぶっ飛んだ内容とアイデア、アホみたいに豪華なハリウッドスターのちょい役に俺はすっかり虜になってしまった。


「ああ、行こう!!!」




 都内某所に俺と柊は来ていた。会場は小規模な所だったが、すでに多くのファンで詰めかけていた。これを見ると、やはり日本人のおかげで続編が作られたと思うと、なんだか誇らしく感じちまうよなぁ!?!


 売り上げの多くが日本。グッズの売れ行きもいいとか。

 流石我が国! この映画の魅力に気づける国はジャパン意外に存在しない!


「わぁ~楽しみですね!」


「だけど、こんなに多いとサイン会も流れ作業になっちまうと思うけどな」


「いいんです! サインを貰って映画を観る! これほど充実して楽しい一日はありませんよ!!!」


「お、おう」


 柊の言う通り、サイン会の後に先行上映が始まる。

 つーか、柊以外にもB級映画好きの人がこんなに……ざっと見た限りでは百人を優に超えているだろうか。


 サイン会は上映が始まった最新作を含めたハリケーン・ゾンビ全作品を網羅したBDBOXを予約した人の中から抽選で決まったらしい。俺は連れ添いということだが、果たしてこんなクs……素晴らしい作品を作った監督を一目見てみたいものだ。


 サイン会が始まった。監督は遠くからでもわかる。如何にもザ・アメリカン人みたいな風貌をしていた。シャツに短パン。ボサボサヘアーに野球帽。お相撲さんのように膨らんだお腹。ちょっとオタクそうな風貌をしている。


 一人一人にサインをし、気さくに握手や写真撮影に応じる。

 そして待つこと十分。俺と柊の番になった。


「サインお願いします!!!」


 監督さんは笑顔でイエス! と言ってササっとサインを書いた。

 そして俺がカメラマンとなって柊のスマホで二人のツーショットを撮る。


「Is the guy next to you your boyfriend?」


 柊は監督さんから英語で何か聞かれたようだ。

 英語全般に苦手意識のある日本人の俺たちは柊に何を聞いたのかわからない。

 柊がスマホの翻訳機能を使ってもう一度、ワンモアと言って翻訳してもらう。


「……え?!」


 柊が驚きのあまりぴょこんとジャンプした。あわあわとして目が泳ぎ、頬が赤みがかってきた。


「柊。あのおっちゃん、なんて言ったんだ?」


「な、なんでもないです! 橘君に関係ないことですからぁ!」


「Hahaha! He's a good boyfriend. Good luck!」


「あ、ありがとうございます!!! た、橘君!!! 行きましょう!!!」


 あの監督さん、喋りが早くて聞き取れない。

 もっと模試や本番の試験みたいな聞き取りやすくてはっきり喋る英語ならよかったのに。柊に背中を押されてサイン会の会場を後にした。


「サイン。見せてくれよ」


「あ、はい……」


 柊はなぜか俺と目を合わせようとしない。なんだかよそよそしい。

 サインを見せてもらったけど、なんて書いてあるのかさっぱり。


「まあ、よかったじゃねぇか。監督のサイン。それにオリジナルグッズもプレゼントなんだろ? 来て良かったな」


「は、はい……」


「それにしてもあの監督さ、もっとゆっくり英語で話してほしいよな。英語に耳が慣れてねぇから何言ってんのかわからんし。ちょっとくらいだったらリスニングできたんだけどよ。なあ、柊。あの人、何言ってたんだ?」


「そ、それは……あの、えっと……それはその……橘君のえっち!!!」


「は?」


 その後、プンプンに怒った柊を窘めるのにチュロスを奢る羽目になってしまった。

 ま、機嫌を直してくれたけど、なんだか距離を置いて接するようになっちまった。


 俺何か変なことしたか?

 柊さーん。俺は君の味方であり大の親友じゃないかー?

 ちなみに映画はクソ面白かったです。なんなんだよ……最後は合体するロボが出てきてファイナル・ハリケーン・ゾンビと対峙して、死んでいったかつての仲間たちの思念が主人公を後押しして倒す、という。あの監督、日本のアニメでも見たのか?


 低予算感バリバリのCGだったけど、ラストに相応しい終わり方だったのが悔しい。クソ……柊からBDを借りるしかねぇな、こりゃ。

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