178.橘千隼の物語は続く

 大晦日の一日はいつも以上に喧しく、騒がしく、俺を一人にさせてくれない。

 どいつもこいつも俺が一人だと知ると俺の自宅で年明けを過ごすと言ってくる。


 まあ、流石にこの人数では手狭になるのでそれぞれ一回家に帰って風呂に入ってくることになっているが。


「……はぁ」


 あいつらは暇なのか。こういうときは家族とか友達と過ごすもんだろ。

 もちろん、一人で年明けを過ごすのも自由。それぞれが自分に合ったスタイルで年末年始を過ごすべきだ。


「はぁ……まあ、いいか」


 騒がしいのはもう慣れた。それに白雪先輩VSその他という戦いも面白かったのでいいや。白雪先輩がその他を圧倒していたのもよかったし、櫛引にいたってはボコボコにされていたし。主にトークで。長谷部はゲラゲラ笑っていたし。


 俺は一人になった家で自室に戻ってベランダに出た。

 冷たい夜風が露出している顔面を冷やしてくる。感覚が麻痺してきそうだ。

 吐く色が白い。ここに長居すると風邪をひいてしまいそうだが、少し頭を冷やしたかった。


「……」


 今年一年を振り返る。俺が橘千隼になって、それから綾瀬が転校してきて……。

 それぞれヒロインたちが現れて……気が付いたら俺の周りはハーレムラブコメ主人公みたいになっていた。


「違う! そうじゃねぇ!!!」


 高橋だろ、主人公は!

 まったく……気が付けばあいつじゃなくて俺の周りにヒロインたちが集まっている。おかしい。おかしすぎる。俺みたいなひねくれものじゃなくて、性格が良くてイケメンで絶対にいい会社にも就職できて、安定した仕事ぶりと高い収入が将来見込めるあいつじゃなくて、下手をしたらニートになってもおかしくない精魂の塊のような俺が好かれてんだよ!


 俺はサブキャラの橘千隼。そうだろ?

 でもまあ、もうそんなのどうでもいいか。

 気が付けば年が変わるまで俺はこの世界に馴染んでしまった。


 元の世界で俺はどんな人間でどんな名前で顔をしていたのか。

 そこの部分がごっそりと削られて消失してしまった以上、ここで橘千隼として過ごした方がいいのかもしれない。


 前世の俺はもしかしたら本当にどうしようもないやつで、ここで一からやり直しできているのだとしたら僥倖。その反面、上手くいっていたのに橘というババを引いてしまった可能性も排除できない。


 前者であることを祈るしかない。橘になっても俺は俺。

 橘になったとしても俺であることに変わりはない。


「近所迷惑にならねぇようにあいつらに注意しねぇと」


 こうして俺は喧しくて決して俺を一人にさせないバカ共に囲まれて、また一からのスタート。大晦日から元日へと日付が変わり、バカ騒ぎをしてから俺たちは寝た。


 長谷部が用意した簡易的なマットレスと厚手の毛布で女性陣は固まって眠り、高橋は俺の部屋で寝た。俺は夢を見た。あいつらに囲まれてまたどうでもいいようなことに巻き込まれて。それでうんざりしながらも俺は――。




「――くん。音無くん。音無くんったら」 


 誰だ音無って。そんな聞き馴染みのない名前の人、俺のクラスにいただろうか。

 それともどっかのアニメの主人公か? そんなまさかな……。


「もう! いっつも寝てばっかりじゃダメだよ! ちゃんと起きて授業受けないとだめじゃないの!!」


「……」


 気のせいでなければ……の話になってしまうが。

 この女の人は俺に向けてあれこれ言っているように聞こえる。

 いやそんな……まさかな。これは夢だ。たち……たち? あの男が見ている夢に違いないはずだ。


「こうなったら……」


 女の子の気配が亡くなった。一安心したと思ったら、急に冷たい何かがかかって俺は飛び上がるように起きた。


「な、なんだ!?」


「なんだ、じゃないでしょ! 音無くん! これから移動教室でしょ? 早く準備しなさい!!」


「え、あ? 移動教室?」


 彼女は全く見たこともない女性だった。それに俺のいる教室も記憶にある教室とは全く異なる。クラスメイトも誰一人知らない顔ぶればかり。俺は嫌な予感がしてポケットからスマホ取り出してカメラをオンにし、インカメラにして自分を映す。


「……おいおいおい。嘘だろ……」


 俺が最後に憶えている自分の顔。もっとひねくれてそうで口元が歪んでいて、目つきも悪い。そんな男だったはず。スマホの画面に表示されている自分の顔。それはひねくれものではなく、ラブコメ漫画にいそうな主人公のような見た目をしている。


 何のとりえもないと紹介されるが、実際はカッコいいことでおなじみのラブコメ主人公。たか……あの男並みのイケメンでビックリしてしまった。


「な、なあ」


「なに?」


「俺ってこんなにイケメンだったっけ?」


「はぁっ!? それ自分で言っちゃうの!? まだ寝ぼけているんじゃないの?」


「いや。俺は全然寝ぼけてなんかない。なあ、これは本当に俺なのか?」


「顔洗ってきた方がいいよ。絶対に寝ぼけてるって」


「いや。もしかしたら夢を見ているかもしれないんだ。なあ、君。俺を思いっきり殴ってくれ。夢から醒めるかもしれない」


「しょうがないわね……歯、喰いしばってね」


 女の子は腰を落とし、腰を捻って力を溜めて俺の頬を腰のひねりを利用して思いっきりひっぱたいてきた。当然ながら俺は吹っ飛び、そして気絶してしまった。


 そう。俺はどうやらまた別の世界に飛ばされちまったみたいで……。

 どうなっているんだよ、俺は!?!


 続く?

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