176.手紙
今年もあと二日。スマホ断ちをしてから雑音が気にならなくなってきた。
それにあしげなく通っている本屋はそこそこ距離が離れていて、自転車で通うとそれなりにいい運動になっている。
また中古店にも行って掘り出し物がないかチェックするのも楽しい。
一人でも何の問題がない。俺は悲しくない。
まあ、それでも誰かが俺の家に来たりしているが残念ながら門前払い。
俺がいなければ意味がないし、親にも追い払うように言っておいた。
仲が悪くなった、というよりは一人にさせて欲しいという俺の気持ちを伝えたら母は納得してくれた。彼らが嫌いになったわけではない。少し距離を置きたいと思うようになった。それだけだ。
彼らは何か勘違いをしている。俺が寂しいだの、俺が犠牲になっているだの。
それはあいつらの視点と独善的な価値観が歪んで見えているだけ。
そんなのはただの偽善。本人に対する冒涜であり、まるで教育熱心な親が子を雁字搦めにするただの虐待だ。
良かれと思って。それが人を傷つけることにも繋がる。
善意は時として刃となる。その刃は人を直接斬るのではなく、目には見えない部分を徐々に浸食していき癒えない傷を生む。
「……」
俺のやり方、俺の生き方に口を出されるのが何よりも嫌いだ。
悪いことをしているのであれば注意されたり、よくないんじゃないかと指摘されるのは全然問題ない。
だけど、俺のやっていることを誰が非難できる?
俺はただ自分の置かれた立ち位置、キャラクター、そして役割をただまっとうしているに過ぎない。
もし、それを正そうものならそれは破壊者だ。
貧しいながらも平穏に過ごしている人々を古い価値観だからと言い、外部から持ち込んだ価値観を押し付け、無理やり近代化させることは果たして正しい行いなのだろうか。
俺は違う。それぞれ違う価値観があり、違う生き方をしていることが普通だ。
それを自分の尺度と正義で自分らと同じ価値観を押し付けること。
それこそが本当の悪であり非難されるべきことなのだ。
「そろそろ帰るか」
夜の九時になった。本屋を後にするとぴゅうっという冷たい風が頬を打ち付ける。
小さい氷の粒が肌にぶつかっているんじゃないか、と思うくらい冷気が冷たく痛みを伴った。
俺は自転車に乗って自宅に帰る。
今日も変わらず寒い。そして、俺の心はいつもと変わらない。
「ただいま」
両親はすでに就寝についてしまったようだ。部屋の明かりはすべて消え、一階のリビングはまるで人気のなくなった廃墟みたいになっていた。
冷蔵庫から作り置きされた夕飯を取り出し、電子レンジで温めてから上着を脱いだ。暖かい。それにお腹も空いた。
「ん?」
コップと箸をテーブルに置くと、一枚の手紙が置かれていることに気づいた。
俺に向けての手紙のようだ。ご丁寧に俺の家の住所と名前が記載されている。
「あいつらの誰かが送ったのか。今時手紙とか……」
手紙を手に取るとなぜか温かかった。暖房のせいなのか。それとも彼らの想いなのか。仮に想いだとして、そんな非科学的なことは有り得ない。
「まあ、後でいいや」
手紙をそっとテーブルに置いて、温め終わった夕飯を食べ始める。
テレビはどれも年末のスペシャルばかリ。振り返りだったり総集編だったり。
つまらないので俺はテレビを消して持っているタブレットでサブスクのアプリを起動し、適当なアニメを再生させた。
もぐもぐと夕飯を食べながら手紙を開封。一枚のレターが折りたたまれていた。
それを開いてみると上から下までびっしり字が書かれていた。
「……先輩かよ。だろうと思ったよ」
やけに字が綺麗で堅く、そしてクソ真面目に謝罪やらなんやらが書いてある。
先輩らしい。だけれども、びっくりするくらい小文字で所狭しと書いてあるせいでめっちゃ読みづらい。
きっと何度も書き直して、だけど一枚に抑えるにはギリギリまで書く必要があったんだろうけど。だったら、二枚、三枚にして送ってほしい。
別にどっかの先生みたいに大量の手紙を送らなくていいから。
あれさ、絶対に分厚い手紙だよなぁ……こころってやつはわかんねぇやな。
「でも、なんか申し訳ねぇな……」
先輩って変に生真面目だし、多分だけどこの手紙を送るのに時間をかけているはず。受験生ってことを鑑みると逆に迷惑をかけているんじゃねぇかと思ってしまう。
「……はぁ、しゃーねぇか」
俺も変に意地を張り過ぎた。早いうちに謝罪して先輩は受験に集中して欲しい。
ということで俺は久しぶりにスマホを起動。電池が切れていたので充電しながら起動を待った。
夕飯を食べ、風呂に入って出るとスマホの電源が入っていた。
案の定、大量の電話とメール、メッセージが届いていた。
一度に返すのはめんどくさいのでグループLAINに元気であること、ごめんなということを書いて送信。そして、白雪先輩には個別で謝罪プラス受験頑張ってくださいとメールを送った。すると一分もしないうちに返信が来た。
『すまなかった。それと受験の件は心配しなくていい。十時間勉強して、六時間を使って手紙を添削していた。受験に影響はない。安心してくれたまえ』
「……」
やっぱりあの人おかしいよ……。
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