175.一人ぼっち
年末年始、それと冬。そして寒気のせいで駅構内は凍える寒さだった。
さびれた駅だった。俺以外の利用客はおらず閑散としている。
時刻も夜の七時過ぎだというの人がいない。どうなってんだよこれ。
この駅潰れるんじゃねぇのか。ま、俺には関係ねぇけど。
「はぁ……」
吐く息が白い。ベンチも冷たいこともあって体の芯まで冷える。
俺は自販機で温かいお茶を買って飲んで寒さをしのぐが耐え切れず、次に来た電車に乗った。
「……クソ」
揺れる車内でまた愚痴が漏れてしまう。つい数分前までの出来事のせいでイライラが止まらない。白雪先輩が余計なこと言うもんだから感情的になってしまった。
スマホは見ない。どうせ電話やらメッセージだらけになるだろうからすぐに電源を落とした。文明の利器は確かに便利かもしれないが、一人になりたいときはただの雑音になってしまう。
昔より今の方がいい。そりゃあ、科学技術や医療技術の面だけを見たら現代は五十年前に比べたら過ごしやすいことは確か。友達とはどこにいても話ができ、ビデオ通話で元気にしているかわかる。
SNSがあるおかげで身近にいる友達の動向や芸能人、企業広報が最新の情報を載せるので情報で溢れている。
わからないこともスマホで調べればなんとかなる。スマホ一台で通販も口座もなんでもできる。便利だ。これは否定しない。
だけど、現代は逃げ場がない。一人になろうとしてもスマホが許さない。
スマホがないとどこにもいけない。正確にはスマホがなくても何とかなるが不便になる。
便利になれた俺たちのような現代人はスマホという万能機械がないと何もできない。地図だってアナログのやつは現在位置を表示してくれない。電車だって駅員に聞くか、それとも自力で調べないと目的地に行けない。
キャッシュレスに慣れてしまうと現金決済は億劫になる。
なにこれ、詰んでんじゃん。電車は交通系のカードでなんとかなるけどさ。
「はぁ……」
現役の高校生で未成年の俺が一夜を明かせる場所はない。
素直に帰って、そしてあいつらの介入を避けるべく家から離れよう。
今年は今日も入れて三日。十二月二十九日。つい四日前はクリスマス~的な感じで盛り上がっていたのに今ではすっかりお正月といった感じの空気になっている。
クリスマスおめでと~から一転、お正月やな~みたいな。
日本人の切り替えの早さよ。だから最近はアニメで○○が流行っても来月には誰も話題にしていないのか。熱しやすく冷めやすい現代がおかしい。
俺はいつもは行かないような本屋にいた。ここはカフェが併設されているオシャレな場所だ。それに規模も大きいこともあって見て回るだけでも飽きない。
それに少し離れた場所に古本が売っている店もある。チェーン店で古本以外にもゲームやアニメグッズ、AV機器等も販売している。ま、ここは掘り出し物が見つかればいいかみたいな感覚だ。
「う~ん……どうっすかな」
新刊のラノベでいくつか気になる本が数冊ある。どれも絵柄に惹かれるものがあるが少し抵抗がある。ここで絵柄だけを見て買ってしまってはいけない。まずはどんなストーリーなのかを見極めて買わないといけない。
まずは作者さんとイラストレーターさんを軽く調べる。
なるほど。どれもそれなりに実績があるようだ。新人さんはいない。
「一つはラブコメ。一つは学園バトルもの。で、これが異世界もの……」
異世界ものの流行りはすごい。毎クール、キャラの誰かが異世界に転生か転移している。ああいう作品って昔の時代劇のような安心感がある。
定番、悪く言うとテンプレと言われてしまうが、だから故に安心して見ていられる。徳川光圀一行が弱かったら話が成立しねぇし、毎回最後はどりゃ~って悪者を倒してはは~ってさせる。異世界ものの源流はすでにあったのだ。ま、遥かに前からあるのかもしれないが。
「……」
所持金はそこまで持っていない。これからコーヒーでも飲んでゆっくりすることを考慮すると三冊のうち二冊まで買える。どれか一つを切り捨てないといけない。難しい決断だ。
「ラブコメは……キープだな」
このラノベのヒロインは残念系らしい。一つ上の先輩で生徒会長。頼りがいがあって男女問わず人気があり、先生たちからも一目置かれている。ある日、主人公が自転車で爆走して叫ぶ先輩を目撃してしまい、あまりの恥ずかしさから先輩が死んでやると言い出してしまい……といった内容のようだ。
なるほど。できると思っていた先輩、実は猫を被っていた。本当の彼女はただのオタクのぼっち、そして後輩の主人公に対して距離感がバグってしまっている。これは面白そうだ。主人公の苦労が痛いほど共感できてしまう。
で、学園バトルもの。これは主人公が天使と悪魔が通う学園に入学し、天使と悪魔のヒロインにふとした因縁を付けられてバトル。そしてラッキースケベで事なきを得るが……みたいな。
天使と悪魔が通う学園か。両者がどんな能力や技を持っているのか。
んで、主人公って実は天使と悪魔の血を両方受け付いていて……とか、もしくは超強力な血統の家庭に出自があるとわかるとか。
ふむふむ。
もう一つの異世界ものは右手を鍛えまくった結果、右手だけ世界最強の力をゲットしてしまった……みたいなお話か。そこの禁書かな?
右手だけ最強になってしまったが故に弱点が多すぎるが、右手一本で解決してしまう。腕力だけで敵をひねりつぶしたり、腕力だけでなく最強の魔法を右手で放ち、山が半分削れたり。
他にも死んだと思った主人公だったが、右手が心臓マッサージをして生き返ったり、右手だけ消滅を待逃れて、その右手が体を復活させたり。
また、次元の裂け目からこの世にない次元に逃げる敵も右手一本で次元をちぎって強引に連れ戻したり。もう何でもありな感じになっている。
これは……右手くんが気になる。どうあがいてもそのアンバランスな感じが面白い。右手だけ最強。他平凡。いいじぇねぇか。
ということでラブコメと右手のラノベを手にしてレジに行くのだった。
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