174.君は

 各々がセカンドアップの施設で遊びあっという間に時間は過ぎていった。

 時刻は夜の七時。そろそろ帰宅しないといけなくなってきた。

 俺はほどほどに楽しみつつ、休憩をしっかり入れたおかげで疲労はあるが問題なく帰宅できる。


 しかし、何人かのお元気さんは体力の配分を考えず、ひたすらに遊びまくったツケがきてしまったらしい。俺はピンピン。白雪先輩もなぜかピンピン。あんた……めっちゃ遊んでたやん。


「私はバトミントン部だったんだ。体力に自信はある」


 そう言って力こぶを作った。ああ、だったら納得だわ。

 どうりで誰よりも運動神経が良かったし、みんなをボコボコにしてたもんなぁ……。


「ちょっと疲れちゃったから……」


 綾瀬は顔色が悪い。まあ、あんだけ一人で踊ってたらそりゃあな。


「……」


 櫛引はすでに真っ白になってしまっていた。まあ、うん。だろうね。

 みんなから引っ張りだこだったし。ローラースケートで転びまくって、子どもに混じって泣いてたもんな。


「つ、疲れました……」


 柊もさすがにお疲れの様子。そんな柊の脇を支えている矢内も疲労困憊。

 なんだかんだいいコンビになったじゃない。


「……」


 矢内はあまりにも疲れすぎて喋る元気すらない。

 なるほど。俺と白雪先輩以外は全滅か……。


「……これ大丈夫か?」


 これから電車に乗って帰らないといけないが、俺らがしっかりしないと電車で乗り過ごしてしまうことも考えられる。


「皆の衆。帰るまで頑張ろう! 疲れているとはいえ足元に気を付けてくれ。何かあれば私に言ってくれたまえ」


 白雪先輩は引率の先生みたいなことをしている。

 なんだろうな。白雪先輩が幼稚園や保育園の先生のように見える。

 頼りになる先輩。流石っす。


「すんません」


「橘君。気にするな。このメンバーの中で最年長が私だ。責任をもって彼女らを帰らせるから任せてくれたまえ」


「あざっす」


 白雪先輩がいて良かった。つーか、受験生に負担になることをしてもいいのかと一瞬考えてしまうが、ここは彼女の好意を無駄にしないようにしよう。


 俺はあいつらから離れて座り、俺は外の景色をボーっと眺める。

 空は暗く、街中は街灯で煌びやかに輝いている。電車が動くと暖房が足元から流れ、電車独特の揺れもあって眠気に誘われてしまう。


 このままだと寝過ごしちまう。俺は疲れた体に鞭を打って立ち上がって吊革に掴まり、体を伸ばした。横を向くと綾瀬たちはすでに夢の中。白雪先輩は無防備な後輩たちを見守るように端っこに座っていた。


 車内は俺たち以外に姿はなかった。通勤通学する人が少ない線路ということ、年末年始ということが合わさって奇跡的に少ない。

 ま、多少なりとも田舎に分類される場所にセカンドアップがあるというのも起因しているのかもしれない。


「橘君。ここに来たまえ」


 先輩は自分の左隣に座るように言ってきた。

 俺は特に断る理由もないので先輩の隣に座った。


「なんすか」


「君は彼女たちから好かれているのだな」


「好かれてないですよ」


「いいや。君のために計画が立てられたんだ」


「はい?」


「彼女たちは君を心配していたんだ。橘君はどこか危ういところがあると言って」


「は? 俺が危うい? それは勝手に心配し過ぎじゃないっすか」


 白雪先輩は笑っていない。本気の目だった。


「君は人を遠ざけようとしている。なのに他人のために嫌われ役になっても構わないと思っている。心当たりがあるんじゃないのか?」


「……何もないっすよ」


「クリスマス。あれだって君が犠牲になった」


「そんなわけないですよ」


「私を河村から離すために君が犠牲になった。そして、打ち上げもそうだ。清水から聞いた。橘君は自分の貢献を自慢することも打ち上げを邪魔することも、気が付いたらいなくなっていたことも」


「……打ち上げ、あんまり好きじゃないんですよ」


「それは表向きな理由に過ぎない」


 白雪先輩は俺の手を両手で包み込んできた。彼女の手は温かかった。


「彼女たちが君を心配して遊びに誘った。もちろん、みなの思いは一緒だ」


「……勝手に心配されるのは心外ですね。俺は現状にまったく不満もないし、寂しいと感じこともない。先輩、そういうのやめてください。俺の気持ちを分かったつもりで、俺のことを理解したつもりで、心配だから、という身勝手な善意を押し付けてる。うざいからやめてくれ」


「今日だって! 君は一人の時間の方が多かった。だから――」


「先輩たちは……身勝手すぎる」


 俺は白雪先輩にありったけの感情をぶつけたくなったが、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。途中の駅で電車が止まり、俺は無言で立ち上がってその駅に降りた。


「た、橘君?」


「もうあんたらに付き合いきれねぇ」


「ま、待つ――」


 電車のドアが閉まった。白雪先輩が必死に何かを叫んでいるが、ドア一枚隔てただけで聞こえなくなる。ゆっくり、そして徐々にスピードが上がって電車は行ってしまった。


「クソ……クソが」


 俺は落ちていた空き缶を蹴飛ばした。

 カランコロンと音を立てて空き缶は自販機にぶつかって止まった。

 俺は自分の蹴った空き缶を拾ってごみ箱に捨て、近くのベンチにドカッと座った。


「……勝手なことばっかり言いやがって」

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