171.甘いひと時

 もう無理だ……もう動けねぇ。

 俺は綾瀬たちに振り回されたりした結果、へとへとのボロボロになっていた。

 手も痛いし足も疲れたし。それでもあいつらはまだまだ遊ぶ元気がある。


 どんだけ元気があるんだよ。

 長谷部はあの後、白雪先輩を誘ってバトミントンしてるし。

 バッティングにピッチングをやってまだ遊ぶ元気があるのか。


 はあ……疲れたからアイスでも食べながら休もう。

 俺はセカンドアップ内の出入り口近くにある自販機コーナーに足を運んだ。

 ここは飲み物だけでなくお菓子やアイスといったものも販売しており、そばに簡易なイスとテーブルが置いてある。


 ということで適当なアイスを買おうとして見知った人物を見つけた。

 彼女は俺と同じく、いやそれ以上に疲れ果てている。


「櫛引。なにやってんだ?」


 櫛引はくたびれたサラリーマンみたいに背もたれに寄りかかり、口から魂が出てきていそうになっている。


「あ、橘君……私はもう無理なの……ねえ、パトラ――」


「やめろ。そのネタ知らない世代が増えてきているんだからもっとわかりやすいのにしろ」


 名作アニメをリメイクしてもいいと思う!

 幅広い世代にウケるだろうし、海外にも見せやすいからどうですか?


「もう疲れちゃった……」


「あのアニメは犯人だと決めつけられてああなっちゃったからな……お疲れ。なんか飲むか?」


「あー……甘いやつを……とびっきり甘いやつを食べれば復活するかも……」


「へいへい」


 自販機のアイスを買って櫛引に渡すと、ものすごい勢いでぺろりと平らげてしまい、先程までの疲労はどこへやら。元気いっぱいのもりもりマッチョメンになっていた。


 ほうれん草を食べてパワーアップする某キャラクターかな?

 いや、これ知っている人いる? やばい、今回のネタは古すぎて伝わらないよ……。


「もう一本!」


「自分で買えよ」


「ブーブー! そこはれでぃーに気をつかって買うものでしょーが」


「レディーがあんな股を広げてぐたーってすんじゃねーよ」


「!?! み、見たの!?!」


「見ねぇよ。誰が好き好んでスカートの中を覗くかっつーの。てか、なんでお前はスカートで来たんだよ……」


「いいじゃないの。ストッキング履いてるし」


「だったら見られても平気じゃねぇのか」


「そういう問題じゃない!!! もう、バカっ!!!」


 すねを蹴られてしまった。厚手の靴ということもあってかなり痛かった。


「いたっ……ま、俺も休憩しねぇと体力が持たねぇや」


 椅子を引いて彼女の対面に座った。


「もう私は無理ぃ……」


「まあ、しゃーない。あいつらの体力がお化けなだけだ」


「そうね。私も心のブルースカイ――」


「やめろ。それは原作が重めのやつだから。つーかなんで櫛引がそんな疲れてるんだ? あいつらと一緒に遊んでいる姿見なかったけど」


 櫛引は自分で買ってきたアイスを舐めている。チョコチップ美味しいよなぁ。


「みんなにあれこれ連れまわされて付き合わされて……で、今に至るの」


「櫛引って愛されキャラしてんなぁ」


「おかしいっ!!! なんで私なのさ!!!」


「いや……まあ、うん。なんだろうな……言語化するとマスコット的な良さがあるのかもな」


「マスコット?」


「ああ。お前はコミュ力高い方だし、外面はいいからな。俺にはめちゃくちゃ悪態をつくけど、あいつらのことを悪く言うこともないし。つまり愛されキャラってことだ」


「え、そうかな~。えへへ、そんなに褒めたって私が喜ぶとでも? ぐへへ~」


「そこまで褒めたつもりじゃねぇんだけどな」


 櫛引は単純……いや、あまりにもちょろい。こんなちょロインだったか?

 鼻の下はでろっでろに伸びきっているし、アイスもドロドロに溶けてしまっている。


「んん。アイス食ったら元気出てきたな」


 やっぱり高校生の体力はおかしい。甘い物を食べただけでエネルギー補給できるのは、若さゆえの特権というやつだ。


「きこえるかしら~ひずめの――」


「それはOP。いい曲だよな~じゃねぇ!!! そういえばあの主人公って想像力が豊かだった……櫛引もちょっと似通ったところが……」


 名作だけれども。やっぱり櫛引は疲れすぎておかしくなったに違いない。

 俺はさらに自販機のお菓子をいくつか買って櫛引に渡すと、大喜びでぱくつき始める。そんなに食べるとお腹がぽっかりするぞ。と言いたくなったが、きっと櫛引の鋭い蹴りが飛んでくるのでやめた。


「ほどほどにしろよ。夕飯食べられなくなっても知らねぇからな」


「大丈夫よ~これからまた運動するもの~」


「はあ……」


「運動すればカロリーはゼロだもん」


「ゼロには……まあ、どんくらいカロリー摂取したか知らねぇけど、相当動かねぇと相殺できないだろうな」


「え?」


「え? じゃねーよ……今だったら間に合うんじゃねーのか。早くしないと今食べたものが吸収されて脂肪になり、今まで履けていたズボンやスカートがきつくなって――」


「あはは~☆ 橘君ったらやだな~☆ 怖いこと言っちゃうと私が懲らしめちゃうぞ☆」


 櫛引の目だけはガチで笑っていなかった。その眼はまるでシリアルキラーよりも深い何かを心に抱える、邪悪そのものであった。ふぇぇ……漏らすところだったよぉ。


「じょ、冗談に決まってるだろ~。ほら、そういえばローラスケートができたはずだ。それなら簡単にカロリー消費ができる……はず。多分。きっと」


「え~ほんと~。じゃあ、食後の運動しなきゃ~」


 その後、セカンドアップから帰ろうとした際、櫛引だけはピクリとも動く元気がなくなるのであった。

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