169.灼熱! エアホッケー娘!!!
野球の才能はないのでやめました。嘘です。長谷部にその後、バッティングもピッチングもボロ負けしたのでやめました☆
ということで一人の負け犬が勝てそうな相手を探して、セカンドアップ内を歩いていると、矢内と柊という珍しい二人がゲームセンターにいたので行ってみることにした。
「よう」
「あ、橘先輩じゃないですか~。もしかして私に会いたくて来たんですか?」
矢内は目を光らせて媚びるように言ってきた。
「いや。矢内と柊の二人のペアって珍しいと思って」
「私は……翠ちゃんに誘われて……」
「そうなんです~。柊先輩って優しいですし、なんといいますか気をつかわなくていいんですよ。先輩なんだけど同級生? というか後輩ちゃん的な?」
「お前は単にこいつなら舐めていいなって人を選んでいるだけだろ。柊をいじめるようなことがあれば、絶対に許さねーからな」
「た、橘君……そんな、恥ずかしいですよ……」
「む~! なんでこの女を贔屓するんです!? 私の方が庇護欲掻き立てられるのに~!!!」
「矢内。屋上……」
「あはは~☆ 先輩ったら~冗談ですって~。柊先輩はとても可愛らしい先輩なんでついつい話したくなったんですって~あはは~」
矢内はなぜか屋上というと顔が強張って怯えた草食動物のようになる。
まあ、あれの負い目もあるんだろうしな。ま、柊が無事で何よりだ。
「私と柊先輩でエアホッケーをやろうかなーと思ってたんです。橘先輩もどうですか?」
「エアホッケーか。死ぬぜ?」
エアホッケー。それはワンコインで白熱したバトルが楽しめる遊戯の一つ。
単純な動体視力のみならず、卓越したマレットテクニック。マレットはあれだ。持ってやるやつのことだ。俺も今スマホで調べて知った。
マレットでパックをしばき、相手のゴールにシューーーーーーーーーーートするゲーム。非常に単純明快かつ、子どもから大人まで楽しむことができるテーブルゲームだ。
俺はエアホッケーに自信があるんだ。なぜなら、小学生の時に友達の友達に誘われていった、近所のゲーセンでエアホッケー大会を開いたとき、俺はパックをひたすらにキープして相手をイラつかせ、その隙に点を決めて優勝したことがある。
そのせいで卑怯者の橘という二つ名でよばれるようになり、二度と遊びの誘いを受け亡くなった悲しい過去がある。いや、橘が悪いな、これ……うん。
「……」
矢内は俺のカッコつけた台詞に顔を引きつらせ、柊は憧れの眼差しで見てくれている。柊。お前はこの俺のカッコよさに気づいてくれているのかい? あっはっは、照れるぜ……。
「先輩はうん。あの、あれなんで見ていてください」
「ああ。君たち二人の勝負を邪魔しないぜお嬢ちゃん。ふー」
「……」
こいつなんなん? みたいな目で見てくるが俺にはノーダメージだ。
なぜなら柊が俺のことをカッコいいと褒めてくれるおかげで、ダメージよりも回復が上回っているのさ!
「柊先輩。あの人は無視してやりましょうか」
「え、あ、はい……わかりました」
「後輩の私に敬語はいいですって。お金は私が出しますから」
「え、私が出しますから……」
「いいんですって。百円くらい私が出しますから」
「わかりました……」
「敬語はやめてください。ちょっとおかしくなりそうなんで」
「はい……すみません……」
大丈夫かこの二人。先輩後輩が逆転しているし仲が良さそうな雰囲気がない。
不安なのでしばらく付き合うことにした。柊が可哀想だし。
「さあ。一瞬で倒しますからね」
矢内は自信満々でマレットを持ってスタンバイ。百円が投入されてそれぞれの点数がゼロと表示されて、安っぽいBGMとともにゲームが始まった。
パックが柊のフィールドに現れた。柊はおどろおどろしながらパックをマレットで引き寄せた。やる気満々で得意そうな雰囲気を出している矢内。こういうゲームが苦手そうな柊。
勝負は始まる前から決しているように――。
俺の予想はすぐに覆されることになる。
「え……」
カシャン。デデ~ン。柊はワンポイント獲得。矢内は目をパチパチとさせ唖然としていた。今何が起きたというのだ? 柊がパックを叩いて矢内のゴールに入れたはず。だが、その様子が一瞬たりとも見えず。
「ふっふっふ……あっはっはっはっは!!!」
柊は人が変わったかのように甲高い高笑いをして愉悦に浸っていた。
あまりの人格の変貌っぷりに矢内はドン引き。俺もドン引き。
「私が雑魚だと? なめんじぇねーよ!!!」
「あ、え!?! せ、先輩!? あの人、本当に柊先輩なんです!?」
「あ、まあ……」
そういえば超Z級の映画を観に行くために都内に行ったときも、人が変わった時のように興奮していたし饒舌になっていた。きっと、彼女は普段は抑圧されている欲、というか本心が垣間見えていた瞬間だったのかもしれない。
「ぶっ殺す!!!」
「ひぃぃっっ!?!」
矢内が恐怖におびえながらパックを打つが柊の神がかった反射神経で防御し、見事のカウンターを決める。ゴールした瞬間、柊はケケケ、とヒロインとは思えない不気味で恐怖をあおるような笑みで矢内を睨みつけた。
「せ、先輩!? た、助けてください!!」
「お前が始めた物語だし……ワンゲーム終わるまでがんば」
「酷い!? 薄情者!!」
「がんばれ~柊~」
「えへへ~」
柊は顔を引きつらせながら笑った。いや、それも怖いって……。
そしてエアホッケーは一方的なまでの惨殺ショーとなった。
矢内がどんなショットを放っても防がれ、火花が飛び散るような強烈な一撃にビビるしかなくゴールを許す。
ゼロ対十五。まさに一方的なまでの勝負は柊の圧勝で幕を閉じた。
柊は勝負が終わると、いつもの彼女に戻ってとことこと俺のところにやってきて、
「か、勝ちました……」
「お、そう……だな。いいゲームだったと思う」
「! あ、ありがとうございます……!」
えへへ、と照れる柊。一方、矢内はというと。
「うぅ……えっっぐ……うわあああああああああんんんんんんん!!!」
体育座りで大泣きしてしまう。なんだろう。うん。
ちゃんと俺と柊で慰めてやり、自販機で売っているアイスを奢ってやったらすぐに飛びついて泣き止むのだった。おい、単純すぎだろうが……まあ、エアホッケーのおかげで矢内は柊に敬意を持つようになったというか畏怖するようになったし、柊も矢内に対して緊張せず友達のように接することができるようになったから……まあ、いっか。
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