168.ホームラン予告
「あの……一人だけここに来ちゃいけない人が混ざっているんだけど」
誰だ? と、綾瀬たちは眉をひそめる。いや、あんただよ! 白雪先輩!!!
なんでとぼけた顔で犯人探しを始めるんだっつーの!
「先輩だよ先輩!!! あんた受験生だろ!? なんでここに!?!」
「少しとはいえ私もクリスマスパーティーに関わったからな。それに今年に入ってから勉強の日々で運動不足だったから丁度いいと思ったんだ」
「自宅で筋トレしてろ! 受験に失敗しても知らないですからね」
「橘君。前に言っただろ。模試の判定はAだった、と。それに昨日は今日のために前日に十六時間勉強したから平気だ」
「えぇ……」
残りの八時間はきっと睡眠だろう。この人ちょっと頭おかしいよ……。
怖くなってきちゃったもん。ふぇぇ。
つーか、いつの間に綾瀬たちと仲良くなったんですかね……。
あんたたち大して接点もなかったはずなんですが……。
もしかして俺が目当て……なわけないよな。あはは……。
いや、どうだろうか。母親みたいなお節介焼きになった先輩ならあり得る。
「セカンドアップのことはつい先ほどネットとやらで調べたから任せてくれ。後輩君たちはゆっくり待っていてくれ」
白雪先輩はここでも頼りがいのある先輩でいてくれるのはありがたいが……。
「た、橘君! アプリとやらはなんだ!?」
「……」
俺だけではなく他の女性陣も苦笑いするしかなかった。
結局、先輩は役に立たなかったので俺たちで受付を済ませ、ロッカーに私物を保管。
よーし。俺はゲーセンでのんびりと時間を潰して――。
「千隼はもちろん、これやるよね~?」
「長谷部。俺はな、野球、というかバッティングセンターは嫌いだ。お金を払っているのにボールを打てないなんて詐欺だ。お金の無駄だからやらんぞ」
「何言ってるの? 無料だからやらないと損じゃないの~」
「無料でもやらん。打てないから」
プロはあの球をバットに当てるんだからすごい。
俺は長谷部に無理やりバッティングセンター連れてこられた。
「千隼の腕前見てみたいな~チラチラ。私はちょっとこういうの初めてで~チラチラ」
「自分でチラチラ口にするもんじゃねぇからな」
でもまあ、バッティングなんて小学生ぶりだ。
当時の俺は本気でプロ野球選手になれると思っていた。
なぜなら、七十キロのボールをいとも簡単に打ち返し、スタッフの人に褒められた経験があるからだ。もちろん、九十キロを打てなくてうやめたけどね☆
「ま、ちょっとだけな。ちょっとだけ」
試しに幼き自分の心を砕いた九十キロから試し打ちすることに。
あれだ。バッドにボールが当たってカキンっていう音が鳴るけど、あれが気持ちがいいんだ。たまには、久しぶりに聞きたくなったし、ワンプレイしたら終わりにするんだからね!
適当なバットを持ち、右打席に入る。
往年の三冠王のバッティングフォームを真似て構える。
ピッチングマシンがゆっくりと動きボールを放った。
「よしっ」
思い出すんだあの三冠王を。あの人のフォームを意識して、ボールの下を叩くイメージを持つ。そしてバットを振る。空振り。
「だっさ」
長谷部はお腹を抱えて笑う。
「うっせ。今のは様子見だっつーの。あの強打者はオープン戦でボールを見るだけに打席に立ったことがあるんだ。俺だってそれを真似てあえてやったんだ」
二球目。それも空振り。ま、あえてね?
後ろでは長谷部のゲラゲラ笑っている声と、ちょやめてwwwみたいなことを言っているが無視だ無視。
ここまできてホームランなしで終われるわけがねぇ。
三球目。なんとかバットにボールが当たるが、へなちょこな打球が転がるだけ。
なんとなく感触は掴めた。徐々にボールのスピードにも目が慣れてくることろだ。
四球目、五球目……ワンゲームが終わった。俺は三球目にボールを当てたところがピークで、他すべて空振りと見逃しで終わってしまった。
「ちょっ……一球しか当たってないじゃん笑」
「ふ。長谷部はなーんにもわかってないな。俺はあえて、ボールの軌道とバットのずれを確認したに過ぎない。次からはヒット性の当たりとホームランボールが量産されるさ」
「そういうのいいから」
真顔で言われてしまった。
「長谷部ちゃんは野球のことわかってないな~。見てろよ。俺が長打を連発してやるからな」
二ゲーム目。一ゲーム目よりも多くバットにボールが当たったが、どれもしょぼい当たりしか出ず。
「だっさ!!!」
「……野球は奥が深いんだ。ちょっとやったくらいで理解できるほど単純なスポーツじゃない」
「千隼がダメダメなんだって~もう~。笑わせないでよね~ほんとにさ~!」
「そんなに言うんだったらお前もやってみろよ。想像以上に難しいからな」
「はいよ~。千隼よりは上手いと思うんだけどな~」
交代で打席に入った長谷部。バッドの持ち方は間違っておらず、左打席に入る。
構えはあの現代のベーブルースと言われているあの二刀流選手!?
「お前……まさか!?」
「ニュースで毎日のように見えるから憶えちゃったんだよね~」
俺もその選手のことは好きだが、そんなことまで報道するかって思うことはしばしば。まあ、俺はいいんだけど興味ないやつはうざいだけだろ。
「えいっ」
一球目。長谷部はバットの芯にボールを当て、思いっきり振り切った。
ボールは高々と打ちあがり最奥の防球ネットにぶつかって落下していった。
「うーん。ホームラン♪」
「……」
「ね? 簡単じゃないの」
「……」
後日。あまりの悔しさにバッティングセンターに通うようになった俺なのであった。
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