165.俺たちに居場所はない
クリスマスパーティーは大いに盛り上がっていた。
子どもたちは元気にはしゃぎまわり、楽しそうな声が大部屋から漏れてくるほどだった。
俺と白雪先輩はひっそり公民館に訪れ、高橋や生徒会のメンバー、綾瀬たちボランティアが慌てふためきながらも進行している。ちびっ子たちに翻弄されながらも河村を筆頭に頑張っている。
頼りなくやる気を感じられず、集中力のなかった河村はここ一か月で見違えるほど成長していた。まだまだ頼りない顔つきをしているが、誰よりも真面目に必死にパーティーの司会をこなし、その脇で高橋と清水がフォローし合う完璧な布陣。
綾瀬と櫛引は上手く子供たちを引っ張りながら楽しみ、柊は元気な子どもに振り回され、長谷部は俺の変顔写真を子供に見せながら「ちゃんと勉強しないとこの人みたいに心も体もひねくれて、友達もできなくなって死んじゃうよ~」と脅している。
おい! 俺を反面教師の材料にするんじゃねぇよ。俺は精魂ひねくれまくって螺旋を描いているから、天をも貫くんだよ! 天元突……。まあいい。
細なんとかもっべーっべー言いながら子供に服を引っ張られまくって伸びまくっている。
矢内もちゃっかりいて、ごく少数の子どもを連れて物騒なおままごとをしている。
すみませーん。誰かあの矢内って子をここから追い出してくださーい。
「俺たちはいらねぇな」
俺はそんなことを呟いた。本心から出た言葉だった。
今この場所に俺と白雪先輩が出る幕ではない。彼らは必死に自分たちの役割をまっとうし、自分たちの力で手を取り合いパーティーを主催し運営している。
部外者がでしゃばる余地もない。
白雪先輩も同じなのか、いつもの無表情ではなくどこか穏やかに、でも寂しそうに目を細めながら見つめていた。
「ここまでしっかりしているとは」
「先輩がいないからですよ。頼れる人がいない以上、自分たちで頑張るしかない。自分たちで意見を集めて、みんなで協力し合って物事に取り組む。これがあるべき姿なんじゃないっすか」
「そうか……そういうことか。私はお邪魔だった。ということか」
「邪魔じゃないっすよ。自分の可愛い後輩なんでしょ。だったらあいつらを信じていればいいんすよ。若者は勝手に成長するもんです。もちろん、部外者の高橋の力添えもあるかもしれないけれど」
「……私は彼らの成長を阻害しようとしていたということか」
「まあ、言葉を濁さずに言えば。つまりあれっすよ。夏の大会で負けて引退して、野球部に来なくなったウザい先輩がいたとして、その先輩がちょこちょこ顔を出して後輩にガミガミ上から目線で野球を語ったり、変に仕切って練習を指示したり。そういうのは嫌われるみたいな感じ」
「君は運動部に所属した経験があるような口ぶりだが」
「小学生の時クラブ活動的なものあったじゃないっすか。ドッジボールクラブに入っていた俺は、先輩がいなくなってデカい顔を後輩にしてやろうとしたけど、先輩がいつまで経っても顔を出すものだから委縮して何もできなかったことがあるんで」
「先輩は君の本性を知っていたということか。それは見逃すことができないだろう」
「ふっ。俺の才能に嫉妬した先輩のやっかみなんで。あ、そろそろここから出ましょうか。今の俺ら傍から見たら不審者だし」
「そうだな」
俺と白雪先輩は公民館を後にした。
「俺は帰るんで」
「待ってくれ」
公民館を出て俺は真っすぐ帰宅しようとして白雪先輩に止められた。
「なんすか」
「君はいいのか? 彼らに混ざらなくて」
「いいんすよ。俺の居場所は……そこにないんで」
「本当に言っているのか? 友達ではないのか?」
「友達っすよ。でも、俺がいると子ども泣いちゃうんで」
俺は変な雰囲気にならないようにピエロを演じ、コミカルでニヒルな笑みを浮かべながら言った。白雪先輩はどこか心痛そうに自分の胸の前でギュッと拳を握り締めた。
「君は自分をもっと大事にした方がいい。そんな……君だけが傷ついて幸せにならない選択は間違っている」
「俺はあいつらが楽しそうに、幸せそうにしているならそれでいい」
「それは違う。ただの自己満足。いや、自己犠牲的なやり方をしている自分に酔っているのではないのか?」
「今の俺たちの生活は誰かの犠牲に成り立っていますし、俺にそんな特殊な性癖はないですよ」
「君は……それでいいのか?」
「いいんですよ。俺は一人が似合っているんで」
「悲しくないのか?」
「人間、死ぬときは一人。今から慣れておかないとね」
「……」
白雪先輩の両目から大粒の涙が流れた。突然のことに俺は困惑してしまう。
俺が変なことを言って泣かせたのか? いやでも、先輩を傷つける発言はしていないんだが……。俺があたふたしていると、白雪先輩は俯いてしまう。
「橘君。君が生きようとしている道、それは孤独でひたすらいばらの道を進み、自分だけが傷つく。誰も君を見ようともしなければ、誰も君を労わることもない。それでいいのか?」
「いつの時代も称賛される人間は元々才能があって運のある人間だけ。その一握りの人間を支える人たちはいつも虐げられ、使い捨ての人形のように捨てられている。別に俺だけじゃなくて世界中の人のほとんどがそうなんで」
「私は……そのような詭弁は聞きたくない!」
白雪先輩は俺の両肩をガシッと力強く握った。勢いよく顔を上げて俺を見上げながら目を合わせてきた。彼女の眼は涙で濡れている。
「私は君を見捨てることができない。そんなこと……私は許せない」
「どうするかなんて俺の勝手でしょーが」
「嫌だ! 私は君にこれ以上傷ついて欲しくないんだ。だから……だから……」
「先輩は自分の心配してください。年が明けたら受験でしょ?」
「受験はいい! 今は君の心配をしているんだ!」
「俺は平気っすよ」
だって俺だけはこの世界が漫画の世界だと知っているのだから。
それに高校生活はこれからの人生からするとたったの三年。刹那の瞬間に過ぎず、ここで出会った人、思い出はすぐに過去のものとなる。
「どうせ高校を卒業したら疎遠になる人ばっかりになるし、人生は高校生活だけじゃない。これから受験をしたり、人によってはすでに働いていたり別の道を歩んでいる。ただの通過点。人間関係も変わる。それだけじゃないっすか」
「それは達観した大人が言うことだ。今を生きている私たちに関係ない」
「そうですか? 先輩だって高校を卒業したらもう高校生じゃなくなる。大学に行ったら向こうの生活や友達、勉強やサークル活動、もしかしたらバイトを始めて忙しくなるかもしれない。大体の人はそうなるんですよ。新しい環境に慣れて、新しい人と関わる。それが普通だし、当たり前だと思いますけどね」
「私はそれでも……」
白雪先輩は何を考えたのか俺を力いっぱい抱きしめて頭をくしゃくしゃになるくらい撫でてきた。
「君が一人にならないようにする。口では強がっていても私にはわかる」
「いや、全然……」
「寂しくなったらいつでも私に頼ってくれ。君は私の愛しの……後輩なんだから」
「あ、いや。全然。俺一人でも平気なんで……」
「強がるのはやめるんだ。もういい」
「あの……俺の話……」
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