164.勝負は負けた

「本当にすまない……」


 白雪先輩は何度も何度も謝罪の言葉を口にした。


「しょうがないですよ。古いゲームだし、先輩はああいうの初めてでわからなかったから仕方ないですよ」


「弁償は私がする。代わりのゲーム機を買って君に渡すまで謝り続けないといけない」


「いいっていいって。先輩のことだから変なゲーム機買っちゃうかもなんで平気です」


「でも――」


「次から気をつければいいんですよ。この話はもう終わり。めんどくさいんで」


 俺と白雪先輩は近所のファストフード店にいた。

 クリスマスだからなのか、店内はいつもよりも人が少なくがらんとしていた。

 この時期は別の場所で外食するか、自宅で宅配やテイクアウトしてきたものを食べるのだろう。


 クリスマスにファストフード店、それも店内で食べる人は少数派だろうか。

 そのおかげで人目を気にせずリラックスできるのもそうだが。


「流石の先輩もこのお店には来たことあるんですね」


「私を何だと思ってる。中学時代はちょくちょく食べていた。ジャンクな味も悪くないからな」


「意外。てっきり『親の教育方針で健康に悪いものは厳禁されていたんだ。どうやってオーダーをすればいいのか、無知ですまない』とか言うと思ってましたもん」


「それは私をバカにし過ぎだ。君は私を何だと思っている?」


「こうかな~って」


「まったく……私だって現役の高校生だ。お嬢様かなにかと勘違いしている」


 白雪先輩は少し顔をしかめてコーヒーを飲んだ。シロップや砂糖を入れずに飲んでいる。苦くないのかな?


「クリスマス。どうやらうまくやってるみたいですよ」


 俺はスマホのメッセージ画面を見ながら言った。高橋から問題なく進行していること。小さなトラブルがありながらもスケジュール通りパーティーが行われている連絡が来ていた。


「そうか。それはよかった」


「勝負は俺の負けっすね」


「ん?」


「ほら。勝負してたじゃないっすか。俺が先輩をデレされたら~のやつ」


「ああ。それか。すっかり忘れていた」


 白雪先輩は懐かしそうに笑った。


「期限とか決着の仕方をどうするのかまったく決めてないですけど、俺の負けです。というか降参っすね」


 俺はわざとらしく両手を挙げておどけて見せた。白雪先輩は微動だにせず俺を見つめている。俺の言葉を待っているようだ。


「そもそも俺の目的は先輩と河村を離すことなんです」


「なぜだ?」


「腹が立ったんですよ。せっかく上手くいっていたのに横槍が入って台無しになって。俺たちが先頭だったのに押し出されて。どこの誰かさんのせいでね」


「ほう」


「でも、よくねぇと思った。あの二人はどこか危ない、共依存のような。河村は先輩を頼りにして成長する機会を失い、先輩は河村を最愛の人と重ねて見ている気がする。それは本当にいいことなのか。よくねぇよな」


「……」


 白雪先輩は持っていたコーヒーカップを置いて腕を組んだ。表情が読めないのでこれ以上話すことを躊躇してしまうが、ここまで来た以上止まれないので突き進むしかない。


「河村は先輩の弟でもなければ、代替品の生き写しでもない。河村は河村だ。あなたが河村に向けている目。それは今でも心の中で整理しきれない、処理しきれず心の均等を保つために弟さんに似た河村を重ね合わせ、いつまでも過去に囚われて閉じこもっている」


 俺のやっていることはなんだろうか。お節介なのか。それとも他人の土俵に土足で入り込んで荒らすことなのか。それは果たして人のためになるのか。


「でも、先輩がどうしようが先輩の勝手です。俺があれこれ口に出すのは違う」


「よくわからないな」


 静かに話を聞いていた白雪先輩が重い口を開いた。


「君は何が言いたい?」


「勝負に負けました。でも、先輩も先輩で問題がありますよってこと。それだけです」


「そうか」


 少し伏し目がちになって人差し指をトントンと自分の腕に叩きながら考えこんでいるようだった。


「君の目的はなんだ? 降伏か? それとも説教?」


「勝負に負けたんで先輩の言うことを聞きます。だけど、その前に言いたいことを言っただけ。そんだけっす」


「素直に負けを認めた。本当にそれだけなのか?」


「はい。男に二言はないっていうでしょ」


「ふん。戯言を」


「いつまでも負けを認めないで言い訳するよりはいいでしょ」


「醜聞を晒すよりはいいかもしれないな」


「そうでしょ。じゃあ、俺は先輩の言うことなんでも聞きますよ。敗者は勝者に従うのみなんで」


「そうか。ではクリスマスパーティーの様子を見に行こう」


「……まじっすか?」


「本当だとも」


「河村が心配なんですか?」


 白雪先輩は小さく首を横に振った。


「いいや。私の可愛い後輩たちの活躍を見に行くだけだ」


 白雪先輩の顔はどこか晴れやかで憑き物が取れたような雰囲気をしていた。


「さあ。ここで時間を無駄にしていたら終わってしまう。急いで片付けて行こう。橘君」


「いやー……ちょっと俺はこれから用があるんですんません」


「君はクリスマスに予定がないと言っていたと思うが急用が入ったのか?」


「あ、まあ、はい」


「何の用だ?」


「あ、や……」


「君は嘘をつくのが下手だ。観念したらどうだ?」


「……」


 この人には勝てないや。あーあ。俺のクリスマス……。

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