160.先輩は頑固
「ん? また私だけやられてしまったのか」
一体何度繰り返せばいいのだろうか。先輩は女の子に見つかってすぐに殺されを繰り返している。そんなバカな、と思うかもしれないが先輩のコントローラー捌きは絶望的なほどなかったのだ。
隠れようにも焦ってコントロール不可になるし、次こそはと肩に力が入って逆に失敗してしまう。なので一からスタートして序盤に先輩がやられリセット。
このループともいえるやりとりが十回も続いた。
流石の俺も言葉が出てこなくなってしまう。ゲームが得意でない人に罵声を浴びせるのは人として間違っている。
じゃあ、やられないように教えればいいって?
この人ね、めっちゃ力が入ってあらぬ操作をしてしまうから、俺がどうこうの問題じゃない。
「先輩。ゲームは楽しむものです。そんなガチガチに全身の力を入れて遊ぶものじゃないんですよ」
「だが、どうしても力が入ってしまうんだ。わざとしているわけでもない……」
自信満々な白雪先輩は何処へ。すっかり意気消沈してしまっている。
まあ、自分が足を引っ張っている自覚があると辛いのはわかる。
「このままだとクリアできずに時間がきます。俺たち高校生は夜十時までなの忘れないでください」
俺たちは初回利用、アプリダウンロード特典のクーポンのおかげで安く利用できるが、高校生は法律の問題で夜の十時までしかいられない。
というか、補導の心配もあるので遅くとも夜の九時までには退出したいところ。
だが、白雪先輩はこのゲームにお熱になっていて、俺の意見など些細な問題だと一蹴してしまう。
「時間は問題ではない。今はどうやったら私がゲームオーバーにならず、ゲームクリアになるかだけが問題だ」
「ゲームなんてまた後日できます。もう八時なんで流石に帰った方がいいかと」
「まだ時間に余裕がある。橘君、次こそは君の指示通り行動する。頼んだ」
「いや俺の話……」
この人は変に頑固なところがある。それに自信もある。
俺は先輩のフォローばかりで疲れてへとへとだ。
「えっと。まずは保健室に行きますね」
このやりとりも何度目だろうか。俺は事務的に進行することにした。
「保健室にお札を張って。それで幽霊の女の子が来るので隠れます」
白雪先輩は俺の指示通りに保健室のベッドに隠れてやり過ごす。
女の子が保健室を後にしたら行動開始。
「次は一階の職員室。ここは音が鳴るトラップがあるので気をつけましょう」
職員室の防犯ブザーに何度苦しめられたことだろう。
毎回白雪先輩はあたふたしてしまいゲームオーバー。
この人は普段は冷静だけどパニックになるとダメなのか、それともとっさの判断が弱いのか。いや、この人は圧倒的なまでにゲーム適性がない。
日常生活で発生するトラブルや予想不可能な出来事にも、彼女本来が持ち得ている能力で何とかしてしまうが、ゲーム内ではそうはいかない。
「トラップだな。もう引っかからないからな」
「そう言って何度引っかかったのか忘れてますよ……」
頼むから変な自信のある発言はやめてくれ。白雪先輩はこれ以上の失態を後輩の前で見せられないという思いがあるのか、めちゃくちゃ慎重に、過度なまでに警戒しながら職員室の奥を目指す。
時間はかかりながらも職員室内にお札を張り終わった。それから俺の指示のもと順調にお札を張っていった。道中、先輩のやらかしで二人ともゲームオーバーになりかけるが、敵のAIのポンコツっぷりに助けられることもしばしば。
「次で最後ね」
三階の音楽室でお札を張り、これで六つ浄化したことになる。
残り一つは体育館。校舎から出てすぐにある体育館でラストになる。
「……」
ここにくるまでに何時間費やしたことか。
俺はすっかり集中力が途切れてしまっていた。
「あー……ちょっと休憩しません?」
「もうすぐでゲームクリアなのだろう? だったら急いで終わらせよう」
「……了解」
まあ、彼女の言うことに異論はないので軽く体を伸ばして気合を入れる。
とっとと終わらせて帰ろう。そして寝よう。
「それにしてもゲームとやらは面白いものだな」
「VRが特殊なんですよ。普通の、VRじゃないやつだとまた印象変わりますよ」
「そうなのか? 橘君はよくゲームをするのか?」
「まあ、そこそこ」
「そうか」
「雑談はそこそこにして体育館に行きましょうか」
「そうね。橘君。案内を頼む」
「いや、地図を見ればわかりますって……」
ボタン一つ押せばマップが表示されるはずだが。
まあいい。とりあえず体育館に急ごう。それと六つ目の浄化を終えてから校舎がやけに静かだ。廊下や教室の中をくまなく警戒していたあの女の子はどこに?
まあ、俺クラスになるとなんとなく予想がついてしまう。
体育館に着くと、真ん中に巨大な魂が浮いていた。その魂をお札を使って浄化すればクリアだ。
「最後はこんなものか。拍子抜けだな」
白雪先輩は少し失望しているような口ぶりだった。
警戒なく近づいていった先輩だったが、最後の残留思念がこれだけはやらせないと女の子に強大な力を与え、恐ろしくおぞましい何かに形を変えて先輩を一瞬で葬ってしまった。
「なに?!」
「まあ、ホラーと言ったら最終決戦が定番だよなあ」
「最後の最後に……悔しい!」
「しゃーないっす。そんじゃあ俺がクリアさせちゃうんで」
俺は最後のボスの攻撃を避け、最後の残留思念をお札で浄化。
ゲームクリア。エンディングが流れて終わりとなった。
俺はVRのヘッドセットを外して息を吐いた。
「これで終わりっす。そんじゃ、帰りましょうか」
「まだだ! もう少しでクリアできたというのに」
「もう時間……」
「もう一回。もう一回だけ頼む!」
「いやだから……」
ぐずる子どものようになってしまった白雪先輩を説得するのにさらに時間がかかってしまうのだった。なんなんだよこれ……。
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