154.弟

「先輩って兄弟いるんですか?」


 図書館の会議室に今日も来ていた。昨日と同じく勉強しようと白雪先輩を誘い、河村と離すことにまたもや成功。雑談のついでに加藤から聞いた兄弟について聞いてみることにした。


 兄のことは少し前に言及していたが、弟については何一つ口にしていない。

 もしかしたら、弟さんの死と河村に何か因果関係、もしくは線でつながるものがあると見た。


 だけど、俺の意図を先輩に知られてはいけない。

 さり気なく、ふと疑問に思ったことを口にしたという体にしないといけない。

 こう見えて演技は上手い方なんだ。ま、ひねくれがなせる技と言ってもいい!


 自分で言っていて恥ずかしいし、自惚れも甚だしい。

 いや、まあ、そこは大目に見てもらって……。


「兄がいる」


「へぇー。何個離れてるんです?」


「四つだ。今はアメリカの大学にいるが、何をしているの知らない」


 白雪先輩の口ぶりからして嘘をついているわけでもなく、言葉の節節に嫌味が紛れている気がする。


「知らないってことあるんですか?」


「私と違って優秀なんだ。勉強で忙しいのか、企業を考えていて連絡が取れないのか。わからない」


「そうなんですか。お兄さんだけ?」


 話の流れ的に聞いてもおかしくない質問。だが、俺が問いかけると白雪さんの眉間にしわが寄った。雰囲気が一変して俺を見る目が厳しくなった。


「人のプライベートを詮索することが君の趣味なのか?」


「単に気になっただけっすよ。俺は一人っ子だから兄弟がいるってどんな感じか知りたくなるじゃないですか」


「周りの友達に聞けばいいと思うが」


「聞きました。聞いたうえで先輩はどうだったのかなーと」


「……弟がいた」


 物悲しく昔を懐かしむように言った。


「弟さんが?」


「ああ。二年前に亡くなってしまった。姉弟仲は……普通だったと思う」


 弟との思い出話が蘇ったのか彼女の口角が少しだけ上がり、表情も柔らかくなった。これ以上の追求は悪手だ。亡くなっている相手を執拗に質問攻めにすることは機嫌を損ねてしまうことは、流石に俺でもわかる。


「そうだったんですか。すみません。なんか……」


「気にするな。もう……二年も前のことだ」


「……」


 感傷に浸るかのようにガラスの向こうを細目で見つめる白雪先輩。

 この反応からわかることは弟さんと仲が良かったことは察する。


 逆に兄との間に若干の距離感が見え隠れした。

 悪くも良くもない。というよりは嫉妬のような感情を隠しきれていない。


(優秀な兄って、以前も言っていた。相当コンプレックスになっているのか?)


 白雪先輩だって優秀なはずだ。

 噂話でしか聞かないが、進学コースの中で一番成績が良く、模試判定もすべてA以上だったとか。その先輩がコンプレックスを抱く兄って、もしかしたら国内に留まらない存在なのかもしれない。


「兄弟がいるってどうなんです? やっぱり嫌なもんですか?」


「いや、悪いことばかりではない。時には喧嘩もするが楽しい思い出も沢山ある」


「ふーん。そんなもんですか」


「そうだ」


「今でも思い出深いエピソードってあるんですか?」


「そうだな……」


 白雪先輩は勉強の手を止め、顎を触って思案する。そこまで真剣に思い出さなくてもいいんだけど、変に生真面目の先輩ということもあってこういうところも全力だ。


「昔の話だ」


 てっきり弟と喧嘩をしたり~とか、もしくはどこかで迷子になって大泣きした~みたいな、平和でほっこりするエピソードが語られると思っていた。


 しかし、彼女はとんでもない弟バカを披露することになるとは、この時微塵も思わなかった。


「もう十年以上前の話だ。詳しい年月は忘れてしまったが、私が小学生になったばかりで弟はまだ幼稚園児だった」


「先輩」


「なんだ? 話の腰を折るな」


「長くなります……かね」


「まだまだ序章部分だ。これからだが?」


「……」


 まあいい。思い出話ってついつい長くなっちまうもんな。


「弟は二つ下でいつも姉の私の傍から離れないような子だった。私が小学生になると、必然的に幼稚園に行かなくなる。すると弟はどうなったと思う?」


 まさかの質問。俺はてっきり話が長くなると思ってかなり油断していた。


「さあ……寂しくなったと思いますけど」


「そうだ。その通りだ。だからなのか、家で私から離れようとしなくなってしまった。あれは大変困ったよ」


 白雪先輩は威厳のある姿から年頃の女の子に変わっていた。

 楽しそうに、笑いながら、昔を懐かしみながら軽快に話している。


「トイレもお風呂も寝るときも。弟は私に見捨てられたと思って離れようとしなかった。私が小学校に行こうにも弟がワガママを言い出して、幼稚園に行くことを拒否してしまった。これには私含めた家族全員が頭を抱えてしまったんだ。私の弟は少し手のかかる子だった。それは亡くなるまで変わらずだったが、姉の私からするとそれがまた可愛らしく見えてしまった。甘やかしてしまったのかもしれないが、弟はそれが許されてしまうくらい憎めないところもあった。話が脱線した。では、どうやって弟を納得させたのか。素直に幼稚園に行かせるために私を含めた家族全員が考案した作戦とは何か。橘君。君はわかるか?」


「え……?」


 いつ話が終わるかなーっと、ちょこちょこ勉強しながら聞いていたせいで、白雪先輩にクイズを出され固まってしまう。とりあえず弟さんを甘やかしていたことはわかったが、それ以外はさっぱり。幼稚園に行けなくなったとか。それくらいは把握しているが。


「さあ……わかりません」


「せめて君の考えを聞かせてほしい」


「わかりません。ちょっと俺のダチョウのような小さな脳みそではまったく思いつきません」


「つまらないな。仕方がない。私がみっちりと細部にまで当時を再現するから拝聴するように。いいか?」


「できれば簡潔にお願いします」


「ダメだ。これは一から聞かないと面白くない」


「……」

 


 

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