153.打開策は?

 白雪先輩との勉強会で得られるものはあった。

 やっぱりあの人はダメな人に惹かれてしまう人間であり、勉強が滅茶苦茶できるということ。


 ちょっとばかり勉強を教えてもらったが、教え方が上手くて感心してしまったくらいだ。先輩が大学生になったら家庭教師かなんかになって、河村のようなダメダメな教え子に一目惚れしちゃうんだろうな……と、思うと彼女の将来を心配してしまう。


 教え子に手を出した時点で家庭教師失格だが。

 そうならないように祈るしかない。それにしてもだ。


 あの先輩は今までのどのヒロインよりも隙がない。

 俺が何を言っても動揺することも少なく、時間はたっぷりあるがが打開策に光明が見いだせない。


「最強のヒロイン相手は分が悪すぎる……」


 ギャルゲーで言うと一週目では攻略できないヒロインだ。

 大抵そういうヒロインに限って重い過去があったり、家庭環境が複雑なものがある。主人公が血反吐を吐いて、体中を傷だらけにしながらヒロインを助けて……みたいな。


 そりゃあ、あんなに自分のために泥臭くあれこれやってくれたら好きになるのも頷ける。ただ、何もしていないのに惚れるヒロインには好感は持てねぇ。俺だって家庭を大事にしたい。ヒロインをただ腕を組んで可愛いねぇ、とモニター越しで見守るのだけは嫌だ。


「さて、どうするか……」


 正攻法で攻めても不意を突いてもきっと無駄に終わる。

 高橋や綾瀬たちの協力をしてもらってデートをしても、白雪先輩の眼には河村しか映っていない。


(いや待てよ。なぜあの堅物先輩が河村のような男が好きなんだ? 単なる好みの問題でそれ以上疑問を持っていなかったが、それが間違っているとしたら……?)


 好きになるのには理由がある。一目惚れだって立派な理由だ。

 白雪先輩が河村に執着しているように見える。それには何か先輩なりの理由がある。とすれば、そこに突破口がある。


「……めんどくせぇけど、あいつの力を借りるか」




「白雪奏音について知りたい?」


 お昼休み。俺は体育館にいた。

 体育館で加藤が一人、黙々とバスケのシュート練習をこなしている。

 そんな加藤に用があった俺は声をかけると、練習をやめて汗を拭きながら聞いてくれるらしい。


「ああ。バスケ部の先輩たちから話を聞かねぇかと思って」


「白雪さんね……確かに先輩たちが話しているところを聞いたことがあるけど、大した話はないからな? あまり期待されても困る」


「なんでもいいんだ。ほんの些細なことでもなんでも情報が欲しいんだ。頼む」


「んーそうだな」


 加藤は自作のドリンクをごくごくと飲みながら思い出しているようだ。


「確かあの人、三人兄弟だったはずだ。兄と弟だった」


「なんで過去形?」


「ああ。去年弟さんが亡くなったらしいんだ」


「亡くなった原因は?」


「わからん。身内を亡くしたんだ。周りにペラペラ喋るわけないだろ」


「……そうか。弟が死んだってことは先輩が取り乱したりした?」


「身内……それも兄弟が亡くなったとなればショックはでかいだろ? でも、あの人は特に悲しむとか落ち込むところはなかったとか。みんなに心配かけたくないと言っていたらしいが本心ではどう思っていたのか謎だ」


「兄弟仲は?」


「さあ。本人に確認を取ってくれ」


「そっか」


「白雪先輩について知っていることはそれくらいだ。終わり。橘、俺はお前に情報を渡した。その見返りとして俺の練習に付き合ってくれよ」


「ああ。教えてくれた礼としたら安いもんだ」


「ありがとよ! 俺は僅かな時間も無駄にできねぇんだ。俺は絶対に親父の夢を叶えるためにな」


 加藤の眼は本気だった。それに覚悟の意思の炎も燃え滾っていた。


「どんな夢なんだ? プロになるのはわかっているけどさ」


 俺はバスケのボールをワンバウンドさせて加藤に渡した。


「俺の親父はアメリカでドラフト二位に選ばれるくらいの逸材だった。だけど、度重なる怪我で解雇されちまってさ。それから日本で活躍を求めてやってきて、気がついたら日本を好きになって……だけど親父は今でもそのことを後悔している。だから俺は――」


 加藤は二度ドリブルをして高く飛んだ。まるで鳥のように高く高く飛んでボールをゴールに叩きつけた。いわゆるダンクシュート。叩きつける音、リングがギシギシと軋む音。加藤は両足で着地して振り返った。


「親父を超える。そんで親父が最も欲しかった優勝リングと日本を世界の舞台で戦えることを証明したい。もちろん、バスケが大好きってのもあるけどな!!!」


「……そうか。俺は応援するよ。お前の夢を」


「ありがとな!」


 なんだよこの青春イベントは。ちょっと心にグッときたんだが。


「加藤」


「なんだ?」


 俺はまるで不思議なポケットから未来の道具を取り出すかのように、一枚の色紙とペンを加藤に渡した。


「これにサインしてくれねぇか? もしかしたら将来プレミアがつくかもしれねぇし!!!」


「……あははっ!! それ本人の前で言うか? 普通」


「お前な。本音と建て前を使ってサインをねだるような、腹黒の連中と違って俺は本音を言ってるだけだ。単に今のうちにサインを貰っておけば将来ドヤ顔で自慢できるだろ?」


「やることは小さいなぁ。ま、嘘をつくよりは何倍もマシだろうけどさ」


 加藤のサインを色紙に書いてもらい、俺はこれを家宝にすると決めた。

 ありがたく受け取って加藤の練習に付き合い、お昼休みが終わるのだった。


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