152.一対一の駆け引き

 俺が通う学校は図書館が別途存在している。三階建ての建物に図書類や会議室等が存在している。


 一階は主にみんなが想像するような蔵書があり、ここを利用する人の大半はここで本を借りに来る。


 二階は主に自習のために一人用の椅子と机が所狭しと並んでいる。

 この時期は受験を控えた三年生が多く、他は一階から持ってきた本を読んだりしている。


 そしてこの二階には会議室と呼ばれている個室がある。

 会議室のような長机と椅子、ホワイトボードがある部屋のことだ。


 とはいえ、強化ガラスを隔てだけの部屋なので中で悪さはできない。

 一階の受付で許可をもらう必要があり、本日は誰も利用者も予約者もいないので俺と白雪先輩でありがたく使わせていただくことにした。


 ちなみに三階は大学で使われそうな教室があるが、たまにここで授業を行ったりもする。


「そんじゃ勉強やりますか」


 それぞれ適当な席に座った。俺は出入り口から一番近くに。

 白雪先輩は真ん中の席にそれぞれ陣地を取った。


「あまり邪魔しないように」


「邪魔はしませんよ。ただ、わからないところは聞くかもなんでよろしくです」


「……」


 白雪先輩は俺に怪訝な視線を向けるが、俺は構わず参考書とノートと筆記用具をカバンから出して勉強を始めた。


 俺がまじめに勉強すると知って安心したのか、先輩も俺よりも難度の高い問題集を開き、シャーペンを走らせた。


 白雪先輩をチラ見する。彼女は他の誰よりも姿勢よく座り、ただ勉強しているだけなのに品がある。どこぞのお金持ちのあいつと比べてはいけないが、この先輩も先輩で育ちが良いことが伺える。


 ただの勉強する姿勢でわかるのか?

 そう思うかもしれないが、そういうものだ。些細な仕草や姿勢でわかるものだ。


 さて。ここからが本番だ。

 先輩と河村を離すことに成功。これから時間をかけてデレさせていけばいい。

 が、俺みたいなひねくれものにできるのか?


 そんな簡単に堕ちるとは思えない。まずは軽めのジャブから。

 ボクシングの基礎はジャブって漫画で見たもん。


「先輩」


「なんだ?」


「先輩ってなんで生徒会に入ったんですか?」


「勉強はどうした」


「勉強もいいんですけど、俺って先輩のこと知らないんで。こういう機会じゃないと聞けないと思って」


「あの勝負のために聞いているように思えないが?」


「いいんですよ。それで。お互いのこと知れば印象だって変わるだろうしね」


「……よかろう」


 白雪先輩はシャーペンを置いた。


「両親の進言が主な理由だ」


「親の言いなりってやつか」


「君がそう思うなら好きにすればいい。優秀な兄はすでに海外の大学で成果を上げている。二人からすると私は物足りないのだろう」


「……そういえば先輩って進学コースなんです?」


「そうだ。私たちの通う高校の進学コースは有数の進学実績がある。ま、それは生徒の努力の賜物だが」


「そうなんですか」


「ああ。私は話した。次は橘君。君の番だ」


 不敵に笑う白雪先輩。俺もシャーペンを置いて背もたれに寄りかかった。


「何を話した方がいいですか?」


「そうだな。君が私に執着する理由を話してくれ」


「好きだからに決まってるじゃないっすか」


 大胆な告白。これには不意を突かれたのか、先輩は目をパチパチさせている。

 つい先ほども偽りの愛の告白をしたが、ここまできてまた想いを告白されて白雪先輩は多少なりとも冷静でいられないようだ。


「その。君がなぜ私に執着するのか話して――」


「好きだから。これだって立派な理由じゃないっすか」


「……」


 白雪先輩は鼻で笑った。


「なるほど。それは盲点だった」


「でしょ?」


「君のような面白い人がいたとは驚きだ。弁も立つ。頭も回る。なぜ生徒会に立候補しなかった?」


「能ある鷹は爪を隠すって言うじゃないですか」


「それを自分で言うか。まったく君は」


 いい感じだと思う。話も弾んでいる。だが、これくらいで俺にデレるはずはない。

 ここで焦ってフライングしても意味がない。

 まずは着実に一歩ずつ丁寧に進んでいくのが正解だ。


「先輩はなぜ河村のこと好きになったんですか?」


 俺は含みのある笑みを白雪先輩に向けた。これは一種の駆け引きだ。

 先輩がダメ人間が好きなのかもしれないという仮説は、本人の口からあれこれ出し切ってしまえばわかること。


 本人が素直に話せば、という前提条件があるが。

 ここで少し警戒が解けた白雪先輩にアタックを仕掛けよう。


「だから私は河村に対して好意は抱いていない。ダメな後輩だからこそ、目をかけてやらないといけないから、あれこれ注意するために言っているに過ぎない」


「そうですか。河村との出会いは?」


「私が生徒会長になったとき、彼は庶務として生徒会に入ってきた。当時から仕事はできない、集中力もない、失敗ばかりしてこちらに迷惑をかけていた」


「……」


 河村のやつ、自分に生徒会の適性がないとわかったんだったら、会長に立候補しなきゃよかったんじゃねぇか。そういうタラレバの感想を抱いてしまう。


「私がついていないと河村は危なっかしい。他の人が見たら弟をかわいがる姉。のように見えてしまうことはなんら不思議ではない」


「なるほど。つまりお節介を焼くうちに好きになってしまったと。先輩って、将来やばいやつに引っかかるかもしれないんで気をつけてください」


「はっ。私はこう見えて悪い人を見抜ける人間だ。心配無用だ」


「いや、すでに心配なんですよ……」


 ダメだこの人。

 これはかなりの強敵だ。どうやって打ち崩せばいいんだ?

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