150.先輩、対峙
「おかしいな……昨夜の記憶がすっぽり抜け落ちてる」
俺は学校の授業中にそんなことを誰にも聞こえない声量で独り言ちた。
櫛引と長谷部が泊まりに来て、ホラー映画を観たところまでは鮮明に記憶しているが、それ以降は全く。
目が覚めたら朝になっていて、二人はすでに俺の家を後にしていた。
学校もあるし、二人は大の仲良しということもあって長谷部宅にお邪魔したとかなんとか。
まあいい。記憶にないってことは大したことじゃないってことだ。
さて……白雪先輩と河村の二人をどうすっか。
高橋の手前、もう関わるなと言ったが二人にクリスマスパーティーを無茶苦茶にされるのはやっぱり腹が立つし、先輩が乱入するまでは俺も関わっていた。
生徒会の仕事はプライベートを削ってまでやって、いい感じに進んでいたのにまた一から。それも俺たちのやったことを瓦解させるようなことをしている。
ちょっと今回ばかりは感情で動くわ。あの先輩を排除して、クリスマスパーティーを俺と高橋、そして清水さんたちで成功させたい。
だけど、まずは白雪先輩をどうにかしないといけない。
難攻不落の要塞をどうやって攻略するべきか。上杉謙信すら攻略できなかった小田原城、オスマン帝国に陥落させられるまで鉄壁を誇ったコンスタンティノープル並みに堅牢かつ隙が無い。
唯一の弱点が河村のみ。なんじゃそりゃ。
河村という弱点も見方を変えれば強みにもなる。あの男の存在があるから白雪先輩の活力やモチベーションに繋がっている。
「……」
ダメ男が好きだったら案がある。この俺だ!!!
自慢じゃないが橘千隼、かなりのダメ男だと自慢してもいい。
まずは自我が強く、周囲と合わせて物事をこなすのが苦手。
そして何よりも捻くれているので嫌われている。余計なことを言って相手を怒らせたり、皮肉めいたことを言って相手から嫌悪されたり。
それにめんどくさがり屋で掃除当番も適当に終わらせる。
ゴミ捨ては誰かに任せ、誰もやらなかったら文句言いながら捨てに行く。
まじでふざけんなよ。ゴミまみれで無視が湧いた教室で勉強も飯も食いたくねぇ。
ゴミをゴミ捨て場に持っていけよ、長島!!!
「善は急げだ」
お昼休みの時間。俺はすぐに飯を胃の中に突っ込み、喉につまり死にかけるがお茶を流し込んで事なきを得る。みんな、ちゃんと噛んでご飯を食べようね!
三年生の教室を一つ一つしらみつぶしで白雪先輩を探し、三年六組の教室に目的の彼女がいた。先輩は一人でご飯を食べ、誰も近づけないオーラを纏っていた。そのオーラ。バトラーになれるな。異世界に行ってオーラをまとって……。
「白雪先輩。ちょっといいですか?」
「橘君か。私に何の用だ?」
「ちょっとお伝えしたいことがあるんで。いいっすか?」
「よかろう」
白雪先輩はポケットティッシュを一枚取り出し、口元を拭いて弁当をしまう。
一つ年上の先輩たちから視線を浴びながら俺と白雪先輩は教室を出て行った。
「どこにいくつもりだ?」
「人が少ないところですよ」
校舎を出て上履きからローファーに履き替え、いつもの花壇のところにやって来た。季節が秋から冬への移行期間ということもあって身震いしてしまう寒さだが、自販機で温かいお茶を買って適当に花壇の隅に腰かけた。
「要件は?」
「ああ。ちょっと待ってくれよ。これ飲まないと寒くて」
お茶の蓋を取って一口飲もうとするが、あまりの暑さに中身をこぼしてしまい膝にぶっかけてしまう。
「あっついぃ!?!」
「……大丈夫か?」
「だいじょばねーです。あっちち……」
膝が不自然なほど濡れてしまったがまあいい。
熱さに気をつけながら一口嚥下し、ほんの少しだけ体の芯から温まった。
「さて。もうまどろっこしいんで本題に行きましょう。俺が先輩を呼んだ理由。それは――」
「なんだ?」
「俺と付き合ってください! お願いします!!!!!」
ぴゅうっという乾いた風が吹いた。
「それは告白でいいのか?」
「そっす! 告白っす! 愛の告白!」
「……はぁ」
先輩は少し困惑気味に声を漏らした。これが俺の狙い。
成功確率はゼロに等しい。というか可能性なんてあるわけない。
俺の告白をこの先輩がイエスと答えることを想定して、この失敗前提の大胆な告白をしているわけでない。
「すまないが橘君の期待に添える回答は――」
「そりゃそうですよ。あんたは河村が好きですもんね」
「なっ!? そんなわけ……」
鉄仮面のような表情一つ変えない白雪先輩の顔に動揺が見える。
「でも俺は先輩が好きなんですよ。誰に対して媚びるわけでもなく、自分の芯を持っている。周囲からどう思われても自分の意思を貫き通し、自分で責任を取る。素晴らしいじゃないっすか」
「何が言いたい?」
「勝負しましょう。俺が先輩をデレさせたら俺の勝ち。先輩が俺にデレなかったら先輩の勝ち」
「私に何のメリットが?」
「大ありですよ。先輩が勝ったらあなたの恋路を応援します。というか協力してあげますよ。でも、俺が勝ったら……」
俺は白雪先輩に指を差し、少しドヤ顔を作って言う。
「クリスマスパーティー。邪魔なんで消えてください」
「……面白い」
先輩は不敵な笑みを浮かべて言った。
「後輩からそのような挑発じみた勝負を仕掛けられるとは思わなくてつい。橘君。私は君を過小評価していたようだ。いいだろう。その勝負受けて立とうではないか」
「同意してくれるんですね」
「ああ。異論はない」
「いいんですか? 俺が勝っちゃいますよ?」
「ふん。私の気持ちが簡単に揺らぐとでも?」
「ああ。こう見えて俺……究極のダメ人間なんでね」
「……はぁ」
白雪先輩は呆れたように首を傾げてしまう。
「ふふ。笑っていられるのも今のうちだぜ、ベイビー」
「……今は昭和でないが」
「いいんだよ! ちょっとくらいカッコいいこと言ったっていいじゃないですか!!」
「……ふっ。もしも……いや、それはいいか」
なにか含みのある言い方だった。
「私はまだご飯を食べ終えていないのでここで失礼する」
「了解です。では生徒会室で会いましょう」
「ああ」
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