149.夜中のホラー映画。そしてトイレ③
「漏れちゃう……」
櫛引の声に余裕はなく、顔中から変な汗が流れている。
「大丈夫?」
長谷部は茶化すことなく櫛引に寄り添ってあげる。背中を優しく撫でたり汗を拭いてあげたり。
「トイレに行けばいいじゃねぇか」
「む、無理だよぉ……あんな映画観た後だと怖くて……」
「あー……しゃーない。長谷部、こいつを連れて一緒にトイレに行ってやれ」
「うん。わかった。あっすー行こ」
「うん……」
と、長谷部に支えられて櫛引は立ち上がろうとするが、俺の腕をがっしり掴んでいるせいで転びかけてしまう。
「あ、ごめん……」
櫛引は手を離そうとするがなかなか上手くいかず。
俺はふざけているのかと思ったがそうでなくマジで手を離すことができないらしい。
「え、嘘……」
「落ち着け櫛引。深呼吸。深呼吸するんだ」
俺は櫛引に優しく、そしてパニック状態にならないように慎重に声をかけた。
櫛引はうんうんと頷き、俺の合図とともに深呼吸。しかし、俺の腕を掴む手はいうことを聞かず。
「え? なんで……?」
「あまりの恐怖に硬直してしまった。的な~? しっしっし」
「笑ってる場合かっつーの! やべぇ、どうしよう」
このままでは櫛引のダムが決壊して大量の水が放出されてしまう。
そうなってしまうと俺の部屋がとんでもない事態に。
残念ながら俺に特殊な癖はないので勘弁願いたい。
だが、俺の腕から手が離れない以上、何か手を打たないと最悪の事態になることは明白。
「仕方ねぇ。俺はイヤホンガンガンして目をつぶる。それで櫛引が用を足すしかねぇ」
「はあぁッ!? あんた何考えてんの!? バカじゃないの!?!」
「そうするしか方法はねぇだろ。今ここでお漏らしするか、トイレで用を足すか。その二択だ」
「……わかった。でも! 私のこと見たり聞いたりしたらぶっ殺すからね!!!」
「誰が他人の放尿に興味持つかっつーの。長谷部、お前が櫛引の介護してやってくれ」
「え~やだぁ~……だけど、親友のあっすーのためならやるよん。私にお任せ~だけど、すっごいウケるシチュエーションじゃん。しっしっし。これは一波乱ありそうだ」
長谷部は変な悪だくみを考えていなければいいが。
ということで櫛引トイレにGO作戦が始動した!!! いや、自分で命名して言うとクッソだせぇ……。
俺はイヤホンをしてガンガンに音楽をかけ、持っていたアイマスクで視界を遮断。
これで俺は何も見ることも音を聞くことが不可能な状態。
櫛引と長谷部に先導されてまずは部屋を後にする。
なんだろう。自分の家のはずなのに別世界にいる感覚だ。
ここから歩いて数歩のところにトイレがあり、そこにいって櫛引が用を足せば終わりだ。それまでの辛抱だ。
部屋を出て慎重に歩くが、三人がほぼ密着しているので脚やなんやらがぶつかる。
と、動きがピタリと止まった。多分、トイレのドアを開けたのだろう。
「三人も入れるのか……?」
そんな至極単純な疑問が思い浮かぶ。一応、二人くらいなら問題ないが三人となると流石に手狭だ。俺は横向きにカニ歩きで進み、そこで止まるように肩で叩いて合図された。
(早く終わってくれ……)
きっと今頃、櫛引の用を足すのに長谷部がせっせとやってくれているはずだ。
目を耳を使えなくなった今、信頼できるのは長谷部しかいない。
(随分長い……俺の気のせいだよな?)
櫛引の手が使えない以上、用を足すのに下を脱いでその他諸々を他人の長谷部がするとなれば時間がかかってもおかしくない。
俺の神経が過敏になり過ぎているだけだ。視覚と聴覚がないと肌感覚が洗礼されている気がする。空気感と言えばわかるだろうか。
(頼む。なんかすっげぇ居心地が悪い)
と、俺は今すぐにでも穴に入りたかった。こんな経験はもうこりごり。
この時の俺は自分が選択したイヤホン、無線イヤホンをチョイスしたことを後悔することになるとは思っていなかった。
きっと櫛引が用を足しているころだろうと思っていると、誰かに押されて壁に背中を打ち付けてしまった。きっと長谷部だろう。何かトラブルがあったのか、それとも何かの拍子にぶつかったのだろう。そう俺は結論付けた。
しかし……。
「あっ……」
無線イヤホン。つまりコードのないイヤホン。
コードがないが故に絡まる心配もなければ優先イヤホンのようにだらんとしたものがない。つまり見栄えがいい。
しかし、コードがなく耳に浅く挿入するだけのタイプの無線イヤホンはある欠点を抱えていた。それは落としやすいというデメリット。
長谷部と思われる人物がぶつかった拍子に俺の右耳のイヤホンが外れてしまった。
「あ、やばい! イヤホンが!?」
時すでに遅し。ジ・エンド。終わった。
イヤホンが外れると同時にちょろちょろと小気味いい音が聞こえてきた。
「ん? あっ!? 千隼のイヤホンの片方が外れてるじゃん!!!」
「えっ!?!?!」
「……」
もう出しているものは止められない。それに目を開けるわけにも行かない。
俺はその流れ出る音を聞かないように片耳に指で抑えるが、それでもイヤホンガンガンに比べて音が入ってしまう。
「わざとじゃない! 事故だ! 俺は決しておまえのおし――」
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