143.不満

 白雪先輩の言う通り、翌日から彼女と河村がセットで一からのスタートとなった。

 俺たちが作り上げた諸々の努力はぱーになってしまった。


「河村。お前が先頭に立って言わないとダメじゃないか」


「え、あ、すんません。じゃあ、始めます」


 こんな感じで河村は白雪先輩におんぶにだっこ状態。

 まるで幼子だから代わりに政治は私がやります、といった感じの摂政みたいになっている。というかそれ以上に酷い。


 白雪先輩の有無を言わせない物言いでこうなってしまった以上、やるしかないと俺と高橋、清水さんたち生徒会も心を入れ替えた……が。


「えっと……保護者会のアレってどうなっているんだっけ?」


「……すでに関係修復済み。後は上手くコミュニケーションを取っていくだけ」


 河村は自分が原因でこじれてしまった保護者会のその後すらも把握しておらず。

 清水さんは不満もあるだろうが顔に出さず会長に報告。


「え? 俺抜きで?」


「ええ」


「河村の代わりに誰が?」


 白雪先輩が訊いた。

 

「僕です」


 手を挙げる高橋。それを見た白雪先輩は眉根を寄せた。


「部外者の高橋君がやるのはダメだ。今すぐに現会長の河村で保護者の方とコミュニケーションを取るようにしなさい」


「めんどくさいなぁ」


「そう言わずに。君がちゃんと謝罪すればきっと保護者の方々も許してくれるはずだ」


 白雪先輩は河村を安心させるようにまるで母親のような、優しい口調で諭す。

 つーか、その肝心の河村の不手際とその後に全く謝罪しなかったせいなんですけど……今さら謝っても反感を買うだろうし、よくなってきた関係性を台無しにする恐れがあるんだが……。


「「「……」」」


 といった感じで高橋たちは白雪先輩を説得することを諦めてしまっていた。

 昨日の件で力関係が逆転してしまったので無理もない。


 生徒会で尊敬されている白雪先輩が河村に味方をしたことに憤る生徒会のメンバーだったが、彼女のリーダーシップを間近で見てきたということもあって声を大にして言えないのだろうか。


 不満はある。だけど、白雪先輩だから……。

 こんな感じだろうか。ま、あの先輩が代わりにやってくれるんだったら問題ないか。楽になるし。


「そんじゃ高橋。俺らは先に帰ろうぜ」


「え?」


「そこの先輩と会長がいるんだから大丈夫だろ」


 俺は清水さんと白雪先輩に目配せする。

 二人とも異論がないらしいので俺は高橋を立たせて生徒会室を後にした。


「橘! 僕たちが帰るのは違うんじゃないか?」


「いいんだよ。あんなあからさまな摂政政治に付き合わされて、こっちが尻拭いする羽目になるに決まってる。それをわかってやるなんて本当のバカがやることだ」


「でも」


「お前がそれでもやりたいんだったらやればいい。俺は帰る」


「橘……」


 俺は小さく手を挙げて別れを告げる。高橋は追いかけてこなかった。

 生徒会室を後にしてストレスがなくなったと言えば違う。心の中にくすぶるモヤモヤが晴れず、無性にイライラしてしまっている。


 こういうときは本屋に行って気持ちを落ち着かせよう。

 俺が通い慣れている本屋に行くと、そこで櫛引と長谷部の二人とバッタリ会ってしまう。


「あ、千隼じゃん。生徒会のあれどったの~?」


「……もうどうでもよくなった」


「なにかあったの?」


 櫛引は眉をひそめながら俺のすぐそばまでやってきた。


「まあ、色々」


「……家来る? 話、聞こっか?」


「いやいい。本当に何でもねぇから」


「本当? なんだろう。いつもより橘君が怖い顔してる。私、心配だよ」


「いい。本当に何でもねぇって」


 俺はなんでもないと否定するが櫛引が引き下がろうとしない。


「ん~? もしかしてもしかしてだけど~。あっすーだと話せないんじゃない? 悩み事とか」


「そんなんじゃ」


「え」


「私にはよく話してくれるよね、千隼は。私って頼りになるし、好かれてるからね~♡ いやん♡」


「……」


 櫛引さん。この嘘つき狐の挑発に乗っちゃ……。


「ねえ橘君。私のこと嫌い?」


「嫌いじゃねぇよ。ただ」


「じゃあ、なんであの女には話して私には話してくれないの? なぁぜなぁぜ?」


「……」


 長谷部に話していたのはたまたまだ。ハロウィンのときは部外者だったし、何よりも俺が唯一頼れるのは長谷部しかいなかった。が正しい。


 櫛引さんの目に光がサーっと引いていき、変な笑いが起きてしまう。

 長谷部は笑いを堪えながら更に煽っていく。


「千隼はあっすーのよりも私の方がいいんだって~。わかる? 私の方が可愛いし、胸も大きい。つまり包容力があるってこと。わかる~? しっしっし」


「はあ? あんたが可愛いだって? 冗談はやめてくれる? それに胸が大きいって……肩凝るわ~ってお年寄りくさいこと言ってたのはどこのどいつだっけ~? あ、実は年齢詐称? わ~ドン引き~☆」


「あっすーは冗談うまいな~」


「でしょでしょ~?」


 二人の間で火花が激しくぶつかり合っている。つーか、君たち本当に仲がいいんだね……。このままだと収拾がつかねいので俺は秘策を披露することにした。これは最後まで取っておきたかったが。


「ホームラン」


「「ひぃっっ!?!?!」」


「ホームラン」


「「や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」」


 二人の喧嘩は収まり、ホラー映画で殺人鬼に殺される寸前のキャラクターのような叫びをあげる。ああ、あのゲームのせいでホームランという単語に対してトラウマを植え付けられてしまったようだ。


 いや、ホームランって野球の醍醐味なんだけどな……。

 怯えてすっかり子どものように大人しくなってしまった二人の正気を取り戻すrのに時間がかかり、しっかりと二人からの報復をくらう。ま、お約束ってやつだ。


 お前を殺す……って。マジで死ぬかと思った……。

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