141.人の好みはどうしようもない
俺と白雪先輩は生徒会室を出て一階に下りて近くの自販機まで来ていた。
「先輩は何か飲みます?」
「私は構わない。それで話とは?」
俺はホットのブラックコーヒーのボタンを押し、取り出してプルタブを空けて一口飲んだ。苦かった。先輩だから見栄を張るもんじゃない。
「なんで河村にだけ甘いんですか? あの喧嘩もクリスマスパーティーそのものが上手くいっていない原因はあいつにあります。なのになぜ?」
俺は清水さんたちの思いを代弁して彼女に問うことにした。
ハッキリ言ってこの人の河村贔屓は忖度というレベルでない。
「そのことか。未熟な河村を心配して何が悪い? 彼が会長になったからにはその成長を見守る――」
「だったら。あいつのためにも注意するなり、アドバイスを送るなり。もしくは他の奴らが困っていることを伝えたり。なぜそれをしないんです?」
「私なりに彼のためを思って言ってるだけだ」
「……」
表情一つ変えずに淡々と答える白雪先輩。
まるで氷の女王のような応対に俺は人の心がないのかと思ってしまう。
「もしかしてなんですけど」
だが短いやりとりで白雪先輩のこと、ちょっとだけわかった気がする。
というか現実的に考えて彼女が河村に脅されている可能性はないだろうし、アダルト作品にありがちな洗脳でも脅迫されて~みたいなこともゼロに近いだろう。
ただ昨日の二人のやりとりを盗み聞きしたこと、本日の河村に対してあの優しい眼を見て思うことがあった。
「河村のこと好きなんですか?」
考えられる可能性の中で一番説得力のある説。
先輩が河村に対して好意がある、という俺の推測だ。
理由は単純。そんな感じの眼を向けていたから。つまり俺の勘だ。
俺が突きつけた問いに白雪先輩は眉すらもピクリとも動かない。
もしかしたら俺が間違っていた。そう思って発言を撤回しようとしたが。
「そ、そんなことあるはじゅ……いえ、失礼。私は別に……彼のことを想って言っているだけだ。それ以上でもそれ以外でもなしゃ……ない!」
めっちゃ噛み噛みですやん。それに目がやけに泳いでいる。
動揺のお手本みたいなリアクションどうもありがとうございます。
「なるほど。好きだから強く言えないってことか。先輩ってああいう頼りない感じが好きなんすね」
「はあっ!? 私が河村を……別に好きという訳では」
「まあ、人の好みは千差万別、十人十色だから俺には関係ないけど。でも、それはそれ、これはこれなんで」
もう一口コーヒーを飲んだ。やっぱり苦い。そのおかげで気持ちが落ち着く。
「私情を挟むのはやめてください。今、俺たちはクリスマスに向けて準備をしているんです。それもあいつ、河村がだらしないばかりに一秒も無駄にできない状況なんです。あなたのやっていることは完全なる依怙贔屓。そして、あいつを成長どころか堕落させている。それは好意でもなく、ただあいつを殻に閉じ込めているだけ。それが先輩の望みだったら邪魔しないでください。ハッキリ言いますけど、すみません」
「……」
白雪先輩はきっといい人なんだろう。本当は同級生や先輩、後輩からも慕われる人だと思う。彼女の言葉に後輩の清水さんたちはうんともすんとも言わなかった。
だからこそ、この人のワガママに我慢できない。
特別扱い、それも好意があるから甘やかし怒ることもせず、そして堕落していくのをよしとしているのであれば、俺は尊敬できない。ただのクソ野郎としか思えないから。
俺はコーヒー缶をグイっと口の中に放り込んだ。口内にコーヒー独特の苦みと匂いが広がる。ああ、こういうこと言いたくねぇのにな。絶対嫌われるじゃん。
「先輩はもう帰ってください。後は俺たちで何とかしますんで。そんじゃ」
俺は白雪先輩に対して頭を下げ、生徒会室に戻るのだった。
「おかえり。白雪さんと何のお話したのかな?」
生徒会室に戻ると清水さんを筆頭に作業に取り掛かっていた。
河村はすでに帰ったのか姿がなかった。
「ああ。ちょっとな」
「そっか。河村君は帰ったよ」
「だろうな。で、高橋。今はどんな感じだ?」
「そうだね。ひとまずは保護者の方に誠心誠意謝罪して回って、それから公民館の問題を片付けようって話になっているね。人手に関しては僕と橘の二人でなんとかしようって結論になった」
「人手ね……綾瀬たちを頼るしかねぇが、あいつらにお世話になるのは当分先だしなぁ……」
「そうだね。問題は山積。だからこそ、やりがいがあるなって思うけどね」
「随分やる気があるな」
「もちろん。君のおかげで自身もついたし、こういうことも案外悪いものじゃないと気づかされたからね」
高橋は照れくさそうに言う。なんだろうか、その言い方はちょっと俺にも恥ずかしさがこみあげてくるからやめれ。
それにしてもあんな短期間に高橋のやつは立派になった。それも俺が憧れちまうほどに……だけど、憧れるのはやめようってどこかのスーパースターが言っていたことを思い出す。
まあ、憧れは相手を理想化して幻想を植え付けてしまう。それが毒のように相手を苦しめ死なせてしまうことがある。だから、一人の人間として見る必要もある。
結局は人間は人間でしかねぇし、そこに大きな差異はない。運動神経なのか、勉強なのか。そんな些細な違いでしかない。と、誰かが言っていました。
「だったら先に保護者に頭を下げに行くか。高橋のルックスに保護者達は強く言えねだろうしな」
「それはあまり嬉しくないなぁ……」
「いいんだよ。お前のルックスなら安心する人も多いだろうし、頼りがいがあると警戒を解いてくれるだろうしな」
「そうかな?」
まったく。高橋は無自覚もいいところだ。
現に清水さんはさっきから高橋のことをチラ見しているし。
おいおい。ラブコメ的な展開はよしてくれ。クリスマスで忙しいんでホンマに勘弁を……。
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