クリスマス編

138.先輩っていいよね

 ハロウィンが終わってから二週間が経過。今年もあとわずかとなり、秋から冬への移行期間ということもあって寒い日が続く。


 衣替えが終わり、ブレザーを着た生徒で占められている。

 寒がりの人は手袋を着けたり、マフラーをして防寒対策バッチリ。

 ま、俺みたいな熱い男はまだまだ防寒なんて必要ないんだけどな。


「さっむっ!?」


 本日は平年よりも気温が低いです。そんなことを気象アナウンサーが言っていたが本当らしい。制服の隙間から冷たい風が入ってくる。


 俺は急いで教室に向かうと、外よりは幾分かマシになる。

 人が何十人と集まれば、人体の熱で教室が温められるせいか?

 いや、単に冷たい風がないだけで体感温度が違うだけだ。


「ん?」


 いつものように教室に入るが、なんだか見知らぬ顔がいる。

 女子生徒で高橋と何か話し込んでいる。誰だろうと思っているとどこかで見覚えがあるようでない。誰だっけな……。


「あ、橘! おはよう」


 高橋がこちらに気づいて手を振ってきた。

 そのせいで例の人も振り返りこちらを見てきた。

 そうなると無関係でいられなくなり、俺はカバンを机に置いて二人の所へ。


「あ、どうも」


 俺は一応軽く会釈する。


「君は?」


「あ、俺は橘千隼です。この男の友達です。一応」


「一応、じゃなくて本物の友達でしょ?」


「ああ、そうだった」


「ふむ。君が高橋君のお友達ということか?」


「まあ」


「すまない。彼に用があってこちらまで来たんだ。話したいことは後にしてくれると助かる」


「あ、ないんで大丈夫です」


「そうか。では本題に戻ろう」


 俺のことは道端にある石ころのような感じでこの人は視線を高橋に戻した。


「高橋君。さっき話した通り、お願いできるか?」


「……少し時間を貰えますか? いきなり言われて首を縦に振れませんので」


「わかった。私の連絡先はこのメモに書いてある。後日、返事を送ってくれると助かる。朝から失礼した」


「わかりました」


 彼女はブレザーのポケットからメモ用紙を取り出して高橋に渡し、一礼してから教室を後にした。礼儀正しい彼女の振る舞いになんだかこっちが面食らってしまう。


「……」


「なあ高橋。あいつ誰なんだ?」


「知らない? そんな橘、冗談はそこまでにしてよ」


「いや、冗談じゃなくて。マジで誰なんだ?」


「はぁ……橘らしいといえばそうだけど。彼女は元生徒会会長の白雪奏音さん。僕たちの一つ上の先輩だよ」


「あ、生徒会……」


 だから見覚えがあったのか。声もどこかで聞いたこともあったし。

 ちょっとお堅い感じで口調もどこか事務的というか。

 ショートヘアーが似合う、ザ・先輩って感じの人だなと思った。


「で、その元生徒会長がなんでお前のところに?」


「僕に協力を求めてきた。かな」


「協力?」


「そうだね。ハロウィンパーティーあったでしょ? 僕が実質的なリーダーとして活動したのを見込んであの人が頼んできたんだ。クリスマスの件も頼むって」


「ほお。スカウトってやつか」


「どうだろう。スカウト、というよりもお願いに近いかな。手伝ってくれって」


「?」


「つまり――」


 タイミングよくチャイムが鳴った。結局話を聞けず。

 ま、後でいいか、と思うのだった。


 お昼休みの時間。長谷部が俺の高校に転校してきてからというもの。

 まったく落ち着いてお昼を食べる雰囲気ではなくなってしまった。


 あのバカが綾瀬や櫛引を煽るものだから常に火花が飛び交っているし、そのせいで俺に対する風当たりも強くなっている。


 あの橘がなんでハーレム状態なんだよって。ハーレムじゃねぇよ。

 後輩にいたってはなんか懐から取り出して俺を襲撃してきそうだし、柊は泣き出しそうになって心が苦しいし。


 ああ……心労ばかりが溜まっていく。

 俺はそんなハリケーンのような騒ぎから抜け出して、一人で落ち着けるあのゴミ捨て場近くの花壇にやって来た。


 流石に冬が近づいているということもあって風が冷たい。

 自販機で温かい紅茶を買ってきて正解だ。体の芯も心も温まる。


「あ~美味い」


 そう独り言ちながら一人の時間を満喫していると、男女の話声が聞こえてきた。

 こっちに歩いてきそうだが、近くのベンチに用があったのか足音も声もそこで止まったようだ。


「白雪先輩。本当に申し訳ないっす!」


 白雪先輩と呼ぶ男の声。こいつは確か……現生徒会長の河村だっけか。

 坊主頭のあまり印象に残らない地味な奴だったはず。


「いいのよ。あまり気にしなくていいから」


 この声。白雪奏音だ。つい今朝、高橋のところにやってきた先輩。

 そういえば高橋からあの話の続きを聞くの忘れてしまっていた。


「俺が不甲斐ないばかりに高橋を頼らないといけない事態になっているのは俺の落ち度です。先輩は受験が控えているというのに……」


「受験は大丈夫。模試では合格圏内だったし、すでに受験対策は問題ないから。それよりもクリスマスの件、高橋君に話をしておいたから大丈夫。きっとあなたの力になってくれるはずよ」


「でも……仮に高橋のやつが協力しなかったら……」


「あの人は断らない。私を信じて」


「……わかりました」


 ふーん。随分と仲がよろしいことで。

 とはいえ、現会長って頼りなさすぎだろ……なんか、弱気な言葉ばかりでこちらも不安になってくる。


 そういえばハロウィンのとき、コンタクト取ってやりとりした相手って、確か副会長の女子生徒の方だったもんな。普通、役割というかそういうのは逆の役職がやるもんだろと思ったが、そういうからくりだったのか。なるほどね。

 

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