136.大盛況
俺と長谷部はコスプレをしたまま音ノ内学園に到着。すでに学校は多くの在校生や他校と思われる生徒たちが集まって盛り上がっている。
もちろん、俺と長谷部のようにコスプレをしてやって来た人も多く、俺たちだけが浮いてしまうということも回避できた。
「うわ~! 青春って感じじゃ~ん! いいねいいね!」
「あんまりはしゃぐなっつーの。ガキじゃねーんだからさ」
「いいじゃん! 楽しいものは楽しいんだから!」
「……」
「それじゃあ……えいっ♪」
「あ、おい! 俺の腕に抱き付くんじゃねーよ!!!」
「いいじゃんいいじゃ~ん! 顔もペイントして誰かわからないんだからいいじゃないの~」
「そういう問題じゃねぇよ。カップリングにこだわったバカップルみたいになるからやめろ」
「実際そうじゃん。しっしっし!」
「……あーもう! クソが。体育館に行くぞ」
「は~い♡」
周りからの視線が痛い……。ああ、胃が痛い。
これじゃあ、ハロウィンに向けてめちゃくちゃ頑張って衣装を揃えたバカップルみてぇじゃんかよ……。
「皆さん! 我が音ノ内学園のハロウィンパーティーにお越しいただきありがとうございます!!!」
体育館の舞台上で高橋がマイク片手に司会をこなしている。
あいつは吸血鬼のコスプレをしているが、なんだろうなちょい悪吸血鬼のような化粧をしているせいか黄色い声援が飛び交っている。
他にも綾瀬や櫛引、生徒会の面々が体育館を所狭しと走り回っている。
コスプレをしていることもあって俺の存在に気づかず。
「ドキドキしてる?」
「なわけねーだろ」
口角を上げながら長谷部は俺の耳元で甘ったるい声を浴びせてくる。
ゾクッとするが慣れてしまうと大したことない。残念ながらASMR攻撃はすでに経験済みだからな!
「少しはドキッとするものなのになー」
「どこの誰かさんのせいで慣れちまったんだ。そういうのはここぞというときにやるもんだと思うが」
「えーそうなの? 乃唖、反省」
「反省できるのか。てっきりまたブーブー言うのかと」
「千隼の意地悪! そんなんだから中学生の時、一人だけバレンタインチョコ貰えないんだよ?」
「え、マジ?」
「うん。女子何人かで集まって同級生分作ったのに千隼だけ存在忘れて渡しそびれたんだよ?」
「……」
いまさらそんなこと知りたくなかった……。橘千隼に∞のダメージ!
橘千隼は倒れてしまった。てーれれ~。お金が減って生き返る!
「それでは有志の方によるバンド演奏をお送りします。どうぞ!!!」
高橋の合図とともに仮装した数人の演奏が始まった。
何十年前に流行った曲だが、そんなことおかまいなしに重低音と歌唱と盛り上がる生徒たちの声で体育館は反響していた。
体育館の端っこでは綾瀬と生徒会が中心となって各種様々なトラブルに対処している。櫛引は柊のフォローをしつつ、頑張っている様子が確認できる。
細なんとかは櫛引の気を引こうとしているが、すべてが裏目に出てしまい周囲に叱責されている。なにやったんだよ、あいつ……。
加藤は他の誰よりも背が高いこともあって目立つが、彼はみんなの輪に入ることよりも遠くから眺めているのが好きなようだ。
そして高橋はというと、姿は見えないが舞台の裏で様々な人と連絡を取り合いながらやっていることだろう。
「上手くやれてんじゃねぇか。さすが高橋だ」
やっぱりお前は主人公だよ。俺は体育館を後にした。
体育館を出てすぐ追ってきた長谷部に捕まってしまう。
「これからってときにどこに行くのさ」
「もう俺は満足した。あいつらはあいつらだけでこの大きなイベントを無事開催に導いた。それに大小トラブルがありながらも運営できている。それが見れたら俺は十分だ」
「私は全然だよ~! せっかくバンドの演奏で盛り上がってたのにさ~」
「別に俺に付いてこなくていいだろ」
「千隼がいないとつまらないもの」
「お、おう」
嘘偽りのないストレートな物言いに少し赤面してしまう。
今のは茶化すわけでも冗談でもない。彼女の本心が垣間見えた。
「もう帰っちゃうの?」
「ああ。あいつらが上手くやってんの見れたからな。それで俺は満足だ」
「それだけ?」
「それ以外にないね。そんじゃ、お前はお前で楽しんでこい」
「むー! だから千隼がいないとつまらないって言ってるじゃん! もー!!!」
わざとらしく怒った長谷部は俺の手を取って体育館に戻ろうとしてくる。
俺が力いっぱい抵抗すれば逃げることはできるが、そんなことをしてしまえば確実に嫌われてしまう。
以前の俺だったら振り払って一人で帰る。
それでよかった。なのになぜかできない。
俺も人が変わったのか。それとも橘ではない俺という本来の俺の自我のせいなのか。
でもまあ。もうちょっとくらいハロウィンパーティーを楽しんでも悪くない。
だって、俺も楽しいと思ったのも事実。
「わーったよ。少しだけな」
「素直じゃないな~。でも、そういう本物のツンデレっぽいところ、好きだよ」
「はいはい。本物のツンデレを知りたかったら春琴抄読め。あれを読めば本物のツンデレを理解できる」
「えー? 文字読むの疲れるじゃーん」
「それがいいんだよ」
「気が向いたらね~」
体育館に入り直した俺と長谷部。
相変わらずバンドの演奏に圧倒されてしまう。
周りの音が聞えなくなるほどの演奏や歌声。リズムを取って上下に揺れたり飛び跳ねたりする参加者。
頭がクラクラしてしまいそうだ。本物のライブはこれ以上の迫力があるんだろうか。
「ねえ千隼」
「なんだ?」
声を荒げないとお互いの会話が聞こえない。
「私もこの高校に行きたかった。すっごく楽しそうだもの!!」
「じゃあ、来ればいいじゃねぇか! いつでも来れるだろ?」
「あ、そっか!!!」
長谷部。悪いけどお前と話している余裕はない。今はこの心まで響く演奏が心地いいから。なんだよ、こういうのも悪くねぇ。たまにはな。
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