135.カップルじゃねぇか……

 ハロウィン当日。俺はスマホを自宅に置いて逃げようと思っていた。

 このまま時間だけが過ぎて行けばあいつが俺の家に来てしまう。

 早いうちにどこかに身を潜めるのが吉だろう。時刻は朝の十時。


 ハロウィンパーティーは十三時からだ。まだ時間はある。

 貴重な休日の土曜を無駄にしてはいけない。

 俺はパジャマから私服に着替え、そのまま逃避行を始めようとした矢先だった。


 ピーンポーン。


 それはまるで喉元に刃物を突きつけられた錯覚に陥ってしまう。

 まさか、ね。きっと何かの勧誘だろう。朝から熱心だな~。


「……あはは。あいつじゃねぇよな」


 俺はゆっくりと階段を下りて玄関に向かった。

 ドアをゆっくり開けると、そこには会いたくない人物が立っており、こちらを見つけるなり笑顔で手を振ってきた。


「おは~♡ 迎えに来たよ~」


 長谷部だった。おまけに彼女の後ろには両親が健在。二人は涙をハンカチで拭きながら感動している。いや……そこまで勘当されるとこっちも反応しずらいんですけど!


「人違いです……」


「ダメダメ~! 閉めちゃダメ~よ! 折角迎えに来たんだから一緒に行こうよ~」


「嫌だ。俺は土日は家に引きこもりたいんだ。ひきこもりの吸血鬼になるんだ!」


「吸血鬼? あ、吸血鬼のコスプレしたいの? おまかせあれ~」


「あ?」


 長谷部は振り向いて両親に何かを言う。

 そしたら傍に止めていた外車から何かを取り出してこちらまで持ってきた。

 大きめのアタッシュケースが長谷部に渡され、早速中身を物色していく。


「じゃじゃ~ん!!! こんなことがあろうかと沢山コスプレ衣装持ってきたもん! えっへん! ねえねえ! 褒めて褒めて♡ えらちでしょ~?」


「……」


 きっとアタッシュケースの中に吸血鬼以外の衣装もあるんだろう。

 多分、俺の想像でしかないが車の中にまだ他の衣装が眠っているはずだ。

 忘れていた。こいつの家が金持ちだということに。


「吸血鬼は恥ずかしい。もっとこう……別のやつはねぇのか?」


「え~!? それだったらタキシードに仮面付けてみる?」


「それはちょっと太陽系のどっかからきた人にお仕置きされちゃうから却下だ」


「む~。それだったら、亀のついた道着――」


「やめろやめろ! ちょっとどころじゃねぇくらいめんどさいことになるから、それを出すな!」


「注文多すぎ~! だったら……これは?」


 長谷部がバッと広げたのは繁華街や駅周辺を歩いたら必ず見かける、ただのスーツ。あいつのことだからもっとギリギリと攻めると思ったが、塩梅なものを取り出して肩透かしをくらってしまう。


「これだったらまあ……」


「ほんと! これね~……パパ! これっていくらしたんだっけ?」


「それは三〇万円ほどだ」


「ありがとパパ!」


「は!?!」


 さ、三〇万円?!? うわ……値段を聞くと一気に着たくなくなる。

 やっぱりこいつとは物の価値観は一生合うことはないだろうと、改めて確信した。


「やっぱり却下だ。そんな無駄にたけぇスーツいらん。もっとこう……定番のコスプレはないのか?」


「えー!?! 絶対に似合うと思うのにな~。千隼って結構手足長いし、スラッとしているからいいと思ったのに! じゃあ、これは後で郵送するとして……後は……」


 おい、郵送するんじゃねぇよ。いらねぇからな。


「これは?」


「……まあ、これだったら」


 長谷部が出したのは白衣と小物の数々。ああ、マッドサイエンティスト的な感じか。これだったらまあ……。


 マッドサイエンティスト系のキャラって結構好きなんだよな。

 ザ・悪役っていうポジションにもなれるし、味方か敵か、絶妙な立ち位置にもなれるキャラクターだ。


「決まりだね! ちなみに~私はこれだよ!!!」


「……」


 長谷部はにっこにこの笑みを浮かべながらピンク色のナース服を見せびらかしてきた。ああそうか。マッドサイエンティストとその助手的な……。


「まあ、いいんじゃないか」


「えへへ~♡ でしょでしょ~? じゃあ、ここで着替えてから学校に行こ~」


「は? 待て! 待て待て待て! コスプレ衣装を着て行くつもりなのか!?」


「うん♪ だって、めんどくさいじゃん」


「そりゃそうだけど‥…流石にこれは恥ずかしって。せめて学校で――」


「いいのいいの。どうせパパが送迎してくれるし。ささっ、早く着替えないと遅刻しちゃうよ~」


「あ、おい! 勝手に俺の家に入るなっつーの! おい!!!」


 長谷部は浮足立っている足取りで我が家に侵入。

 俺は慌てて彼女の後を追ってリビングに入るが。


「きゃー♡ 千隼のえっち~♡」


「……」


 ラブコメあるある。主人公がヒロインの着替えの現場を見てしまい――。

 あのな。確かに長谷部は上着やシャツを脱いで下着姿になっているが、こうなるだろうと予想がついているとまったく何も感じない。


 ラッキースケベ。と巷ではそういう単語があるが、まったくラッキーでもスケベでもない。長谷部が計算高くわざとやっていると思うと、逆にげんなりしてしまうのは否めない。


「早く着替えてくださーい」


「反応薄っ!?! ねえ! もっと慌てるとか顔を赤くしてよ!!!」


「バカ野郎。わざと過ぎるんだよ! こういうのは油断している時やまさかのタイミングで起きることだっつーの! ラブコメ勉強してこい!!!」


「む~! もういいもん!」


「やめろやめろ! 下着を脱ごうとすな!!! アニメだと確実に謎の光で隠されちゃうやつだから!!!」


 という謎の一悶着がありながらも、それぞれマッドサイエンティストとその助手のナースの衣装に着替え終わる。


 あの……これカップルみてぇじゃねぇかよ……もうやだぁ……。

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