133.男二人、銭湯で

「……」


 おかしいな。銭湯に来ているはずなのに俺と高橋しかいねぇ。

 本来ならば何十人と利用している浴場に俺と高橋の二人。それぞれ


 やけに広い浴槽が居心地を悪くしている。

 普段、自宅の風呂で狭いと思っていたが、こういう広い所に来ると考えが変わる。

 不思議なものだ。


 男二人が裸で何をするのか。そう聞かれたらこう答える。

 裸の付き合いってやつだ。案外、こういう開放的な場の方が気楽に話せるということもある。


「まさか銭湯があるなんてな」


 俺と高橋は掛け湯をし、体を洗っているところだった。


「そうでしょ? 結構昔からあるんだって。僕も小さいころからちょこちょこ利用させてもらっているんだ」


「いいな。歩いて十分圏内に銭湯があるなんてな。羨ましくてけしからん」


「橘もここに通えばいいんじゃないかな?」


「遠すぎるっつーの。銭湯に入って電車とバスで一時間以上は萎える」


「確かにね」


 高橋は全身に付着したボディソープの泡を洗い流す。

 つーか、高橋って結構いい体つきしてやがる。

 体育の授業で着替えを共にしているが、やはり裸となると印象はガラリと変わる。


「高橋って体鍛えているのか?」


「全然。嘘。運動不足はよくないからジムに通っているんだ」


「ジム!? な、なるほど……」


 俺みたいに自宅で腕立て腹筋、スクワットをしていないだよ?

 やはり主人公はちゃんとしたジムに行ってやることをやっているみてぇだ。


「僕の腕の筋肉見てみてよ! 結構自信があるんだ」


「おお!」


 高橋の筋肉は均等が取れており、芸術的な曲線美を描いている。

 力こぶを作ったので俺は試しに触ってみると、ただ硬いだけでなく柔らかさも同居しており、思わず目を細めて観察してしまう。


「世界的に超有名な伝説的なボクサーの筋肉も考えられないほど柔らかいって聞いたことあるが、まさかお前も……」


「そうかな? まだまだ他の人に比べたら全然だよ」


「いやいやいや。お前はこのままをキープしてくれ」


 ただ単に筋肥大すればいいというわけでない。この美しい筋肉のままでいてくれ。と思ってしまう。


「橘だって、結構いい体していると思うけどね」


「だろ? ふっふっふ……こう見えて自宅で出来る筋トレをちょこちょこやっているからな。俺はな、家だとサボりがちになっちゃうの~ってゴタゴタと言い訳の言葉を並べて、自分の意志の弱さと継続力の無さを露呈しているような連中と違う。家でできる筋トレでもそれなりに成果はでる! もちろん、器具が揃っているジムに比べたら劣るかもしれねぇが」


「すごいよ! 僕は自宅だとついついサボっちゃうことがあったからジムに行くようになったのに! さすが橘!!!」


「むっふっふ~! もっと褒めても構わないぞ! がっはっはっは!!!」


 俺は立ち上がって仁王立ちをした。というか、俺みたいなひねくれものは褒められる機会が壊滅的なまでにないということもあって、こうやってすぐ調子に乗ってしまう。


 他にお客さんがいたら迷惑になるほど声を大にして鼻息荒く恍惚とした気分に酔いしれる。当然ながら裸だ。


「僕の筋肉ももっと褒めてほしいな」


 高橋は俺に対抗してか立ち上がってポーズを決める。


「さっきので十分だろ。どんだけ褒めてほしいんだよ。だったらボディビルやってみたらどうだ?」


「ボディビルは僕に合わないかな。運動不足を解消できればそれでいいからね」


「だったらいいじゃねぇかよ」


「よくない! 僕だって橘に褒められたいんだ!」


「いや……」


 なんだろうか。あいつの家での一件からやけに犬っぽくなったというか。

 飼い主に撫でて、と尻尾を振る子犬のような高橋に何か違和感が先行してしまう。


「まあ……うん。いいんじゃない」


「ありがとう橘! 筋トレ頑張るからね!」


「それ以上頑張ってどうすんだよ……マジでボディビル目指すのか?」


 生卵をコップに注いで飲む、某ボクシング映画が脳裏によぎった。全然関係ねぇけど。


「自分の体を褒められて嫌に思わないよ。橘もジムに通ってみたらどうかな? それだった一緒のジムにする? それだったら僕が筋トレのレクチャーできるけど、どうかな?」


「いやいい。そこまでやるつもりはねぇし、あと離れろ!!! なんか距離近いぞ?」


「そうかな? 男二人。裸の付き合いなんだからこれくらい普通だって」


「……」


 やけにボディタッチも多いし。まあ、俺も高橋の筋肉を触って喜んでいるからイーブンか。ということで銭湯に来ているのにここで時間を潰してはいけない。


 俺と高橋はあっつあつの浴槽につかり、おっさんのような声が出てしまう。

 もちろん、マナーを守って股間にタオルは付けず。アニメだったら変な湯気が出てきていることだろう。


「気持ちいいなぁ……」


「そうだね。本当に体の芯まで温まるね」


「ああ。つーかなんで俺たちしかいないんだ? もう閉店寸前なのか?」


「そんなことないよ。普段だったらもっと他のお客さんがいるんだけどね」


「たまたま、か」


「うん。変に考えすぎだよ、橘は」


「そうか」


 俺と高橋はそんなことを話しながら温まる。そして、しばらくして高橋はじゃぽんと湯の中に入っていく。


「ん~! 気持ちい~な~!」


「……」


 ガキみてぇなことするな、と思った。だけど、高橋がそんなガキっぽいことをしたということがなんだかおかしくて笑ってしまう。


「なにやってんだよ。はしゃぎすぎじゃねーのか?」


「他にお客さんがいないからいいんだよ」


「お前らしくないな」


「僕だって、こうやって遊びたい心は持ってる。橘もそうでしょ?」


「……ふっ。否定できねぇな」


「ほらね。えいっ!」


 高橋は俺にお湯をかけてきた。あいつの顔は本当に子どものように無邪気に笑っている。


「あっつっ!? てめぇ……やってくれたな!!!」


「あははっ! 僕はこう見えてドッジボールで避けるのが得意だったんだ」


 高橋は華麗に俺の水しぶきを避けてしまう。


「はあ。俺なんかはすでにみんなから存在自体を忘れ去られていたせいもあって、ドッジボールで最後まで残っても試合が終わったことがある。まだまだ、だな」


「それは……ご愁傷様」


「褒めるなっつーの。それに俺のような曲者となると仮に投げられたボールが体をかすってもセーフ認定になるのさ。あと俺が女の子にボールをぶつけたらみんなから鬼のようなブーイングをされて嫌われた。山なりで威力もなく、ドッジボールに参加していない子の肩にぶつかっただけなのに。つまりドッジボールはクソ。今すぐ小学生でドッジボールを禁止するべきだ」


「話が飛躍し過ぎだって……」


「いいや。野球をやってるバカが俺に向けてボールを投げてきやがって、それが股間を強打して痛かった。つまり、危ないということで政府がドッジボールを禁止するべく法案を作ってほしいくらいだ」


「柔らかいボールでやらなかったの?」


「ドッジボールを球技の中で一番楽しいと感じている連中が、そんな甘ったるいことをすると思うか?」


「橘はドッジボールが嫌いになっちゃったんだね」


「嫌いじゃない! 苦手なだけだ!!!」


「そうかな? 口ぶりからして好きじゃなさそうだけどな」


 そんな他愛もない話をして体を温め、それからサウナに。

 こちらも二人だけの空間となっているが、なぜか嫌な気持ちは全くしない。


「橘。ありがとう。君のおかげで少し肩の荷が下りた気がする」


「俺は大したことしてねぇよ」


「ううん。僕の話を聞いてくれて僕を理解してくれた。そのおかげで少しだけ、ほんのちょっとだけ救われた気がする」


「そっか。それなからよかった」


「うん。僕は一人じゃない。それに気づかされただけでも僕は――」


「もうよせって。なんか恥ずかしい」


「照れてるのかな?」


「ばっ、ちげーよ!!!」


「顔が赤いよ」


「サウナで熱いんだっつーの!!!」


「あははっ!」


 まあ、高橋がいつもの高橋に戻ってくれてよかった。

 だけどなんだろうか。以前に比べて距離が近くなったような……ま、こういう男の友情も悪くねぇか。

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