132.本音

 高橋は苦々しそうに、自虐気味に言った。


「僕は君が思うほど大した人間じゃない」


「そうか? 頼りになると思うが」


「全然そんなことない。僕は……」


 高橋は言葉に詰まり、それから元気なくうなだれてしまう。

 しばらくそのまま俺と高橋は向かい合っていると、チャイムが鳴ってしまう。


「教室に行こう」


「……」


 高橋は小さく頷くだけでそれから一言も発することなく俺の後を付いていくのだった。




 高橋は今朝のあれから様子がおかしくなってしまった。

 ボーっとしていることが増え、どこか無気力になっているように見える。

 綾瀬や柊、細なんとかや加藤まで心配する始末。


 結局、多くのクラスメイトに心配されたということもあって高橋は保健室に行き、早退ということになった。高橋が早退したということは俺たちのクラスで行うはずのハロウィンパーティーは宙ぶら状態。


 俺と長谷部が色々と裏で手を回して、学校全体を巻き込んでハロウィンを楽しもうと画策したはいいが、高橋たちがやろうとしているそれとは別件。

 あくまで高橋の案件の隠れ蓑にするために全体を巻き込んだだけ。

 これで心置きなくハロウィンパーティーをしてもらいたいんだが、肝心のリーダーが心ここにあらず状態になっているんじゃしょうがない。


「はぁ……」


 なにやってんだよ、あのバカ。おめぇがいねぇとダメじゃねぇか。

 少しあいつに喝を入れてやらねぇとな。そうだな。下手くそなプレーにも喝してやらねぇと。


 今更弱気になってどうするんだ。お前がいねぇと綾瀬たちは動けねぇんだ。

 まったく……なんでお前もヒロインみたいになってんだよ。


 俺は櫛引の時同様、担任の先生に高橋の住所を聞き、彼の自宅に向かった。

 学校から約一時間とちょっと。電車とバスを乗り継ぎ、スマホで住所を確認しながら歩く。


 どうやら高橋はマンションに住んでいるらしい。

 目的のマンションに着き、エレベーターに乗って所定の階に止まり、番号を間違えないように慎重に見極めながら高橋宅を探していく。


「ここか」


 ご丁寧に高橋という表札があったおかげで迷わずに済んだ。

 俺はインターホンを押してあいつが出てくるのを待った。


「橘……君?」


「よう。元気そうじゃねぇか」 


 高橋は今朝と比べて顔が真っ青で痩せこけている。

 一日も立っていないのにここまでエネルギーが枯渇したような顔をするなんてな。


「どうして僕の家に?」


「早退したろ? ほら、今日の授業のノートのコピーだ。コピー代はいらねぇから受け取っておけ」


「ありがとう」


「無理強いはしないが、どうだ。少し話せるか?」


「……うん」


「そんじゃ、おじゃまするわ」


 高橋の自宅に行くのも入るのも初めて。

 とはいっても高橋宅はとても掃除が行き届いており、シンプルな内装ながらも統一感があり落ち着ける雰囲気がある。


 俺は高橋の後を付いていき、彼の部屋に足を入れた。

 やはり整理整頓され掃除が部屋全体に行き届いている。


 ごく普通の男子高校生の部屋。それが俺の第一印象だった。

 高橋は座椅子を指差してそこに座ってと言ってくれたので、ありがたく腰を下ろすことに。結構ふかふかで快適だ。


 高橋はベッドに腰かけて小さく息を吐いた。

 俺が来たことで少し元気が出たのか目に光が戻った気がする。


「体調はどうだ?」


「僕は体のどこにも異常がないって、訴えているんだけどみんなや保健室の先生までもが顔色が悪いと言って早退するように言ってくる。もう、めんどくさいからいいかなって」


「そうか」


「橘君の目的はノートのコピーと僕の様子を見に来るためじゃないよね?」


「ああ」


「やっぱり。君は気が利いて行動力がある。羨ましいよ、本当に」


 高橋は小さく笑った。


「お前だって、周囲に気をつかえる。誰にだって優しい。配慮だってできる」


「それは誰からも嫌われないようにしているからだよ。優柔不断で中立を貫くけど、それは……誰の味方でも敵でもない。卑怯者がすることだ」


「……」


 まるで自分を糾弾するかのような言い草。自傷行為を言葉に変えているようだった。


「僕は昔からそうだ。優しいから。頼れそうだから。顔がいいから。僕の外見や性格だけを見て僕をリーダーに推薦してくる。ありがた迷惑だよ」


「……そうか」


「本当の僕は目立ちたくない、争いもしたくない。リーダーになってみんなを引っ張るような胆力もリーダーシップも持ち合わせていない。できないんだ。僕にはそんな力、あるわけないんだ」


「そうか? 俺がお前と仲良くなってからみんなに頼られて、それを見事にクリアしている。問題なくできていると思うけどな」


 俺が何を言っても高橋の耳に入らない。彼は苦しい顔で自分の胸を力の限り鷲掴みにしている。


「みんなが僕を過大評価する。能力もない、決断力もない。橘君はすごいよ。僕にできないことをバンバンするし、人にどう思われても自分の信念を大事にする。そんな君に僕は嫌いになりそうだったよ」


「……」


「修学旅行。全然楽しくなかった。君という友達がいなかったというのもあるけど、同時に僕の無力さと無能さが露呈した、自己嫌悪に陥ってしまったんだ」


「なんで?」


 高橋は俯き下唇を噛んだ。


「クラスメイトの……朝日さんが渡辺くんに告白したんだ。だけど……上手くいかずに朝日さんが行方不明になっちゃった。なんとかギリギリで彼女を見つけ出してホテルに連れ戻せたけど……僕じゃなくて彼女の友達が見つけたんだ。何一つ力になれなかったし、二人の気持ちを分かってあげられなくて傷つけてしまった。仲裁しようという僕なりの善意が二人の仲を引き裂いてしまった」


「そんなことが?」


「三日目にね。その時僕は気づいた。橘君がいたらどうなっていたのかなって。君は綾瀬さんのときも、櫛引さんのときも、後藤君、柊さんに矢内さんのことまで。君がいたからすべて問題なく終われた。関係性も変わらず。もし、あの時橘君がいたと思うと、あの二人は上手くやっていけているはず。それに気づかされて僕は自分が嫌いになりそうだったんだ」


「……」


「もう無理だ。ハロウィンパーティーなんて、僕がいない方が上手くいくと思う。僕は……僕は……」


「高橋」


 俺は高橋の肩にそっと手を置いた。俺が手を置いたせいもあってビクッと体を震わせた。


「お前はよく頑張ったよ。昔から今まで。誰にも本音を吐き出せず、ずっと心の中に押し留めて。それと高橋が苦しんでいることに気づけなくて悪い。ごめん。友達なのに……本当にすまない」


「……橘君」


「修学旅行の件はよくわからねぇけど、お前なりに頑張ったんだ。もう今さら変えられはしない。その二人が修復不可能になっていなければ、また元の、いやそれ以上になる可能性があるんだ。今はそっとして、そしたらまた自然とよくなるかもしれねぇだろ?」


「……」


「高橋。お前はもう十分頑張っている。よく頑張った。もう、一人で悩んで抱えて苦しむ必要はねぇ。だって、俺や綾瀬、櫛引に柊。細井に加藤がいる。一人じゃねぇ。酸いも甘いも知る友達がいるじゃねぇか」


「……細川君ね。まったく、君はいつになったら細川君の名前を覚えるのかな? ふふっ」


 高橋が久しぶりに笑った。それも作り笑いでも空笑いでもない。

 心から笑っているようだった。


「いいんだよ。細なんとかっていうのも定着しつつあるし、あいつも一つのネタとして見ているし」


「そうだね」


「俺はハロウィンの件はこれ以上関わらなねぇ。わりぃけど俺は一人でゆっくりしたい。俺がいなくても平気だ。綾瀬たちがいる。生徒会も力を貸してくれる。加藤を筆頭とした運動部もいくつか協力してくれるってさ」


「全部、橘がやってくれたんだよね?」


「ノーコメントだ」


「橘らしいや」


 いつもの高橋に戻った気がする。柔和で人の良さそうな、それでいて相変わらずイケメンな男だ。


「そんじゃ、俺は帰る。明日から各所と連絡を取り合ってハロウィンを成功に導くことを祈る」


「ありがとう。だけど、帰るのは待ってくれるかな」


「なんだ?」


「せっかくだから……銭湯に行かない?」

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