131.僕は主人公じゃない
結局。俺は長谷部父と母に丁重にもてなされ、帰ったのは夜遅く。
それも長谷部父に外車で送ってもらったという。
なんというか……俺何もしてねぇんだけど。
長谷部乃唖が勝手に俺を気に入って、勝手にあれこれ俺に対して一方的な矢印を向けられているだけ。それなのに両親は変に拡大解釈して俺を過大評価している。
勘弁してくれよ……。
ちなみに櫛引と長谷部のホームラン競争は決着がつかず、両者痛み分けで配信が終わった。
俺が消えていることに気づき、鬼電をかけて俺にギャーギャーと文句を言っていたが、櫛引が彼女に家に泊まったとのこと。仲いいな、おい。
さて。ハロウィンに向けたあの計画をするために俺は日が昇る前に起床。
それから制服に着替えてすぐに家を出た。
もちろん、学校に行くのだが音ノ内に着くとすでに彼女が待っていた。
「おっは~! やーやー、昨日はよくも無断で帰ってくれたね~! 許さないぞー!」
「はいはい悪かった悪かった。で、ちゃんと持ってきたのか?」
「もちのろんよ! あのクソ親父に車でここまで乗せてもらったから楽勝よ」
「クソ親父って……もうちょっと自分の親に対して敬意を持ちなさい」
「べーっだ! あんな過保護ですぐ泣いて鼻水まみれにする父親なんて嫌よ!」
「あーまあ……うん」
否定できないのが悔しいが、俺は長谷部父に強く生きてほしいと思った。
長谷部の反抗期が終わればきっと親を大切にするいい子になる……ならねぇか。
「つーかお前。なんでうちの制服着てんだよ」
「これ?」
長谷部はなぜか俺の通う高校の制服を着ていた。
無駄に似合っているのもムカつく。長谷部は制服が気に入ったのかくるりと回ってポーズをしてウインクをした。
「いえ~い♪ イケてるっしょ?」
「知らん。とっととやるぞ」
「冷たい!? ま、そこが千隼のいいところなんだけど、褒めてくれたっていいじゃないか~い?」
「はいはい。似合ってる似合ってる」
「もっと感情込めて!!!」
ということで俺たちは荷物多めに学校の校門をくぐり、校舎に入っていくのだった。
俺と長谷部が早朝にわざわざ学校に来てまでやった作戦が上手くいったらしい。
すでに登校してきた生徒や出勤してきた教員たちが、それらを見て一同口がポカーンとしてしまっている。
それもそのはず。だって、学校のあちらこちらにハロウィン開催を知らせるポスターを満遍なく貼り付けてやった。開催場所は音ノ内学園。服装は基本的に制服かコスプレ。各自各々お菓子や飲み物を持参のうえ参加。と書いて大々的に宣伝。
長谷部は絵が描けるということもあって、可愛らしい今風のキャラクターのイラストもあって宣伝効果抜群だ。
「な、なんですか、これ、は?」
俺は校舎内のあちらこちらの壁に貼られたポスターを満足そうに眺めていると、例の男の怒りと困惑の声が聞こえてきた。
「先生。どうしたんですか?」
「どうした、ではありまぁ……せん」
相変わらず朝からねっとりとした喋り方だが、今日に限ってはいつもの〇・一倍くらい喋るスピードが上がっている。
「誰がこのようなポスター、を? それにぃ、ハロウィンはぁ、禁止にぃ、なったのですからぁ」
「禁止って、あなたの一存で決めたことでしょ? 拘束力もなければ罰則もない。じゃあ、いいんじゃないの?」
「よくありまぁ、せん! 勝手にぃ、こういうことされるとぉ、困りま――」
「そのポスター、よく見てごらん。有志の生徒が集まってやるんだってさ。生徒会も協力してやるんだとさ。それに先生の何人かがオッケー出しているんだってさ」
「……君はぁ、私を怒らせたいぃ、のかね?」
「ううん。そんなことないっすよ。でも、このポスターにはハロウィン開催を宣伝している。もうすでに多くの生徒の目に入った。もう今さら何をしても手遅れじゃない?」
「いいえぇ。このようなポスターはぁ、そもそも無許可で張り出すぅ、ことは禁止ぃですのでぇ」
渡部はご機嫌斜めなままポスターを剝がしていく。
ふっ、どうやって数千枚ものポスターを?
「先生。すでにSNSでも盛り上がってるようですよ?」
「なんですぅ!?」
渡部は俺のスマホをぶんどり、SNSで大いに拡散されていることを知り、プルプルと手を震わせながら目が赤くなる。
「あと俺の友達、加藤イーサンってご存知だよな? そいつに色々と訊いたんだけど、ハロウィン当日って学校が休み。んで、運動部のいくつかが練習試合をするとか。バスケ部とハンドボール部の二つ。他にも色々な運動部が練習するんだが、ハロウィンってことで参加することになったとさ。たまにはこうやって羽目を外すのもいいんじゃないかって」
「わ、私はぁ、そのようなこと聞いて――」
「そりゃあ知らねぇだろ。先生が知らねぇ間にいろんな奴らが話し合ってたり動いていたりする。諦めた方がいいっすよ」
「私が諦めるぅ、と思っているぅ、のですかぁ?」
「うん」
「……」
「面白いぃ、ことぉ、言いますねぇ」
渡部は不敵な笑みを浮かべてそう言い、その場から立ち去る。
本人は覚悟しろよ、というつもりで言ったはずかもしれないが、社会の窓全開でハート柄の下着が視界にチラチラ入り込んでくるに堪えないといけなかったので大変だった。
「た、橘君!?」
渡部と入れ替わりで高橋がやって来た。俺を探しに走ったせいか息を切らしていた。
「どうした高橋?」
「これは君が、はぁ……やったのか?」
「さあ」
俺はとぼけて見せる。
「こんなことをして――」
「さあね。みんながハロウィンを楽しもうぜって言ってるんだ。後はお前――主人公であるお前が仕切って、ハロウィンを成功に導けばいいさ」
「僕は……」
高橋は息が整うといつにもなく真剣な顔で口を開く。
「僕は君の言うような……主人公じゃない」
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