130.橘、超ピンチ?!

 やべーよ! 超やべーよ!!!

 多分、長谷部父が一一〇番に電話をかけて、警察官が来るまで俺を足止めするに違いない。だからといって逃げてしまっては大騒ぎになってしまう。


 ここで最善の選択は長谷部両親の言うことを大人しく聞くこと。

 俺は人生オワタ……と、全身から冷たい汗なのか水分なのか、よくわからないものがドバドバと洪水のように流れている。


「君は……乃唖の友達だとはにわかに信じられないんだが」


 長谷部父はあの明らかに高級そうなテーブルとイスに驚くことなく座り、これまた骨董品と見間違えるようなカップを手にして紅茶を啜った。

 長谷部母は父と俺のために紅茶を入れてくれたが、その所作も見事なもので感心してしまった。


 俺と長谷部父。二人が対面で座り、まるで社長と就活生が面接を受けているような状況だった。


「友達なんです。中学の時は……全然だったけど、高校になってから仲良くなったんです」


「ふむ……」


 眉間のしわが寄った。俺、なんな失言しちゃったかと怖くなっちゃう!


「あ、中学の時も決して接点がなかったわけじゃないんです。少し話したくらいですけど……」


「……」


「今は……時々、ファミレスでだべったり、本屋で一緒に本を選んだり……それぐらいですよ! 本当です!」


「ふむ」


 まるで俺を値踏みするような目で見てくる長谷部父。

 それに長谷部母もキッチンで洗い物をしているが、その鷹のような鋭い眼は俺を確実に捉えている。


「今日は学校のことで長谷部乃唖さんに協力を求めてここに来ました。決してよからぬ目的で来たわけではなく、ちゃんとした理由があって……」


「話してみたまえ」


 俺は一言一句、失言しないように細心の注意を払いながら目的を話した。

 長谷部父は表情一つ変えず話を聞き、稀に頷きながら真剣に耳を傾ける。


「ということなんです」


「ふむ……」


 さっきから王者の余裕みたいな態度をするものだから、こちらの体力がどんどんと削られていく。どこのポケットの可愛らしいキャラクターたちが戦うゲームかな?

 ちょうプレッシャー放ってくるんだけど……ポイント消費半端ないって!!!


「そうか」


「……!?!」


 長谷部父の顔がどこか穏やかなものに変わった。


「君の言葉と乃唖の言葉。両者に嘘がないか、君の話を聞いてわかった。君は……橘君は彼女の本当の友達のようだ」


 ほっ……俺は全身の力が抜けて背中が丸くなりそうだったが、すぐに気を引き締めて気合を注入。

 どうやら俺が強盗でも窃盗犯でもないことがわかってくれた? ようだ。

 ん? 乃唖の言葉って……。


「もしかしてさっき電話していたのは……」


「乃唖に電話をかけた。彼女は私からの電話を非常に嫌がるが、橘君の話をしたら随分と機嫌がよくなった」


「あ、そうなんですか……」


 思春期の女の子を持つ父親は大変だ。

 小さい頃はパパが好きー♡ と言っていたが、年を重ねて中学生くらいになると一変。


 父親の服と一緒に洗濯したくない。親父臭い。キモい。話しかけないで。

 過保護過ぎ。私に干渉しないでくんない?

 等々。父親としては娘が健やかに成長し、いい友達と巡り合って幸せになることを願う。


 しかし、現実は娘の危険を脅かすものや人ばかりの世の中。

 女性を悪い方向へ導く友達、SNS、先輩や大人、昨今だとインフルエンサーが一人の人間の思想や思考、生き方を変えてしまう。


「私の一人娘、乃唖は昔から友達がいなかった。いや、本当の意味での友達がいなかった。橘君はここに来て分かったと思うが、私たちは他の人に比べて稼いでいる。娘にも不便をかけたくない、という思いでお金を渡し過ぎた結果、彼女はそれを使って仮初の友達をたくさん作ったことがある」


「あー……」


 長谷部パパの目は後悔と懺悔がチラ見えしていた。

 それと自分に対する戒めも言葉節から感じ取れた。


「私たちの責任だ。お金というのは人を狂わせてしまう。乃唖はお金で友達を作ってしまったが故に――」


「本当の友達ができなかった。それにお金を巡ってトラブルも起きた」


「……橘君の言うとおりだ」


「その長谷部乃唖さんのその話と俺に何の関係が?」


「君は乃唖を金づるだと思っていない。本当の意味で一人の人間として、真の意味での友達としていることが嬉しい。本当に……本当に……」


 長谷部父は大粒の涙が零れてきてしまい、嗚咽が混じりあって言葉に詰まってしまう。長谷部母も同じく泣き崩れ、二人で慰め合っている。


 あの……俺はどうすればいいんだ。

 ここれは下手にリアクションせずに無表情を貫いた方がいいだろう。


「自宅に呼び寄せて……それで……乃唖が楽しそうに友達の話をして……私は……私はぁっ!!!」


「え!?!」


 長谷部父は身を乗り出し、突然俺の手を両手で包み込むように熱く握り、大粒の涙をボロボロと流しながら感動しているようだった俺はただただ困惑してしまった。


「あの子にやっと……やっと……お金で作った偽の友達ではなく、真の友達が……ありがとう。本当に……ありがどう!」


「あ、はい……あの、鼻をかんでください。鼻水が……」


 ギャグ漫画のように長谷部父は鼻水をドバドバと垂れ流し状態。

 感動で泣いてしまっているのだから致し方ないが、それがぽたぽたと垂れて手に付着しそうだった。


 いい人なのはわかるんだが、こういうところが娘さんに嫌われる理由なんじゃないっすかね……うん……。

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