129.野球の醍醐味はホームラン

「なんなのこのジョニーは!?! ゴリラのゴリくん好きだったけど嫌いになりそう……!!!」


 櫛引はそんな愚痴が零れてしまう。彼女は未だに異次元の変化球、いや魔球を投げるジョニーくん、設定上だと十歳の男の子に大苦戦。ホームランは三本ほど打つことができたが、クリアには程遠い。


 一方、長谷部はというと。


「はー……ちっ」


 マイクが拾ってしまうほどの舌打ちをして、何度も諦めずに挑戦するがホームランを一本も打てず。髪をかき上げてかきむしり、それでも言葉にしないように我慢している。


 育ちがいい。長谷部は櫛引と同じくイライラしているが、それを言葉にしないところを見ると両親の教育がいいのだろうと思った。


 いや、でも口が悪いから娘さん、無事悪い方向に成長してますね……。

 ま、そんなこと今はどうでもいいが。


「えーっと。両者ともに目標に全く届かない。諦めてもいいが、どうする?」


「「諦めるわけないでしょ!!!」」


「あ、はい」


 両方から甲高い声で言われたせいでビックリしてしまう。

 イヤホンしてなかったら耳がキーンとなっていただろうか。


「ちなみにこのゲーム。クリア者は少ない。なぜなら、ジョニーくんが投げる数々の魔球に苦しめられ目標に達することができずにやめるプレイヤーが続出してしまい、それが原因で人気になったゲームだ。ジョニーくんが投げる魔球は超高速のフォーシーム。からの時間が止まったと錯覚するようなチェンジアップ。さらにはΩの軌道でキャッチャーミットに向かうオメガボール。ジョニーくんが投げたと思ったらボールが消える、いわゆる消える魔球。他にもブーメランボールやバウンドボール。潜るボール、爆発ボールなど。数多のプレイヤーを苦しめ、引退者を続出させたゲーム。果たして二人はクリアすることが――」


「「ちょっと黙ってくれる?」」


「あ、すみません……」


 二人が無言で淡々とゲームをやるもんだから、代わりにMCとして配信を盛り上げようとしたが二人に注意されて小動物になってしまう。


 それはコメント欄も同じらしく、お兄さんは黙れというコメントが光の速さで流れたので従うことにした。だって、彼らが望んでいるのは両隣に座ってる女性陣たちだもんね……。俺もリスナがー側だったら同じこと思うもん。


「ぐぬぬ……」


 しばらく黙って様子を見守ると、櫛引が若干ながらリードしたようだ。

 リードと言っても魔球の数々を見て反射的に対応できるようになっただけだが。

 魔球はこんなものとこれがあると分かってからが本番。


 あとはアドリブ力が試される。

 どれだけ来た球に反応して打てるか。それしかない。


 たまにプロの選手で来た球に反応して打っている、とてもじゃないが参考にできない選手もいるが、ああいう選手ほど憧れてしまう。羨ましい。


「ちっ……あー……ちっ」


 舌打ち頻度が多くなる長谷部。こやつはそもそもあまりゲームをしない家庭だったらしく、櫛引以上にゲームが上手でない。やっぱり小さいころからコントローラーに慣れているか、キーボード操作になれているかどうかは大きい。


 長谷部はホームランが一本出たが、それっきりで凡打や空振り、ファール続出でイライラゲージが溜まる一方。イライラはいつ爆発するのか。


 この感じだと勝負がつく気配がない。というか勝負がつかず、両者がギブアップして終わってしまうだろう。つーかそれが目的なんだけどな……。

 このままゲームに夢中になって、クリアできずに悶え苦しみ、そのまま本来の目的を忘れてほしいな……と邪悪なことを思ってしまう。


 俺は手持ち無沙汰になってしまい、このまま退屈な時間だけが過ぎるのを待つのは苦痛だ。どうにかして暇を潰そうにもどうすれば……。


「ちょっとトイレ……」


 そう言って俺はさりげなくサンドイッチ状態から逃げるように脱出。そのまま部屋を出てトイレに向かう……フリをしてエレベーターへ。

 長谷部は櫛引が来て警備体制は無防備なままにしてあったようだ。


 このままこっそりと抜けてとっとと帰ろう。

 俺は一階に着いてエレベーターの扉が開くと、


「誰だ?」


 真っすぐに続いた廊下。その先の玄関に五十歳前後と思われる男女が立っていた。

 二人とも長谷部乃唖にどことなく似ていることから、彼女の両親で間違いないだろう。


 なんつータイミングであいつの両親と遭遇するなんて。

 運がないのか、逆に運がいいのやら。


「あ、俺は決して怪しい人じゃありません。長谷部……長谷部乃啞さんのお友達の橘千隼です。あいつとは中学が一緒で……高校は別々ですけど」


「乃唖の?」


 怪訝そうに長谷部の父親が言った。


「はい。あいつとは……まあ、友達で色々と協力してもらったんです。学校のことで色々と。それで……」


「……」


 やばいやばいやばい。このまま通報されかねない。

 普通に考えて家に帰ってきたら見知らぬ若い男がいて。

 その男が娘の友達を名乗るなんて、いかにも不審者感満載過ぎて詰んだ。


 ああ、俺はこのまま警察に連行されて高校生活並びに橘千隼としての人生が終わった……。


「少々お待ちを」


 ああ。スマホを手に取ったということは一一〇番かな。

 スマホを耳に当てて、それから何か小声でやりとりして。


「……橘君」


「はい……」


「ちょっとリビングまでいいかね?」


「はい……」

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