128.お兄さんの行方は――

「え~!?! 付き合ってないのに一夜を共にした!?! おかしい……みんな! これっておかしいよね!?!」


 長谷部は収拾がつかなくなったコメント欄を眺めながらリスナーに同意を求めた。

 俺はすでに魂が口から抜けだしそうになり、灰になって散り散りになる寸前だった。


 配信開始から三〇分以上が経過した今も俺は拷問されている気分だった。

 いつまで経っても俺は長谷部から櫛引ことアズチーとの関係性を聞かれ、コメントでも同様の追求であったり羨ましいやけしからん、天誅といった物騒なコメントで占められている。


「うんうん……そうだよね~おかしいよね~! ということで本人にも登場してもらいましょう! 少々お待ちを!」


 長谷部はマイクをミュートにし、イヤホンを外して席を外した。

 俺はすでに放心状態にあったため、逃げ出すチャンスを逃してしまうことになる。

 そしてそれから数分もしないうちにドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。


「はぁ……はぁ……」


 部屋に入ってきたのは櫛引。顔を真っ赤にし、顔のあちらこちらに血管を浮かんで不機嫌そうに肩で息をしていた。


「な……なんでここにいるんだよ!?」


「それはこっちのセリフ! ちょっと! なんであんたの家にこいつがいるのよ!?」


「しっしっし! まあまあ、配信が面白くなりそうだから! ささっ! 配信に参加しようね~」


「ちょっと! 私の話を――」


 長谷部は誰よりもこの状況を心から楽しんでいる。

 なぜわかるかって? こいつが邪悪な笑みを浮かべニヤニヤしていたら誰だってわかる。


 それに席順も狙ってやってる。

 俺を真ん中にして櫛引と長谷部が両隣に座った。

 あの……これは新手の嫌がらせっすか?


「ということで配信再開! 新しいゲストの登場! 星宮アズサちゃんで~す!」


「え、あ、よ、よろしく~……あはは……」


 櫛引は一応アズチーのキャラを守りながら挨拶をするが、顔が引きつっていて見ていられない。

 俺と櫛引はこんな状況を作り上げた張本人の長谷部を睨みつけるが、当の本人はドタドタを足をフローリングに叩きつけるほど笑っていた。


「スペシャルゲストの登場! あのアズサちゃん! 炎上中の彼女が真相を語る! そうだよね~? しっしっし!!!」


「あ、え?!? 真相って、別に……」


「いいの~? お兄さんとは兄妹なんでしょ? だったら、私がお兄さんと付き合ってもいいってことだよねん♪」


「はぁっ!? ちょっと、何を言ってるのかわかんな~い。あはは」


 おい櫛引。声だけはとぼけて可愛い感じを出しているが、顔はまるで本物の鬼のような形相をしている。頼むからヒロインを止めないで冷静に……じゃないと長谷部の術中にハマっちまう。


「おい、妹よ落ち着け。この邪悪な女の挑発に乗ったら――」


「お兄さん♡ 今日は私のお家に泊まるんだよね~。きゃっ♡」


「おい!!!」


「……へぇ~そうなんだ~。お兄ちゃんが~? へぇ~~~~~……」


 櫛引が俺の肩を指で突いてくる。それはちょっとどこか体が伸びる主人公が苦しめられた技! 結構痛いんでやめてください……あと、あそこらへんの話、めっちゃ好き。


「ねぇねぇ、お兄さんはあんなちんちくりんな妹さんはどうでもいいから、私と――」


「んっ。んっ!!!」


 櫛引は俺の肩を引っ張って自分の所へ寄せてきた。


「あれれ~? アズサちゃん、なにをしてるのかな?」


「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだもん! 絶対にあんたみたいなクソ女に渡してたまるか!!!」


「そっか~。アズサちゃんも譲れない、か。それだったらゲームで勝負を決めましょう。それならフェアでいいんじゃない?」


「望むところよ!」


「……」


 あの、俺は物じゃないんっすけど。それにもう炎上どころの騒ぎじゃなくなっているんですが……ほら、この騒ぎに便乗して他の配信者も行く末を窺っている人も出てきている。


 勘弁してくれよ……ただでさえ、ハロウィンの件で心が穏やかじゃねぇのに……。




「えーっと。公平を期して俺が選定したゲームを二人でやってもらいます。それで両者、よろしいでしょうか?」


 つーかなんで俺が対戦するゲームを選ばねーといけねーんだよ!

 それに俺が司会者みたいなことをしないとダメなんだ?

 

 お兄さん、ゲーム開始の宣言をして! 

 勝負開始ぃぃぃ!!!


 なんでやねん!

 思わずツッコんでしまいたくなるが、ここは勝負の邪魔をしないようにぐっと心の中で押し留める。


 俺が選んだゲームは二人を苦しめるという意味を込めて、『ゴリラのゴリさんのスーパーホームラン勝負!』をチョイスした。

 このゲームは世界的に有名なゴリラのゴリさんを操作し、ハッピーランドに住む、個性豊かな仲間たちのスーパーな変化球や魔球をホームランにしてクリアを目指す、界隈では知らない激ムズゲームと知られている。


 ファンたちからは「三振したらゲームオーバー」「ボールという概念なし」「ヒットを打っても意味なし」「ファールするとごく稀にバグってしまう」というやばいという言葉しか出てこないとか。


 櫛引と長谷部はこのゲームの存在を知らないらしく、俺の選んだゲームということでやる気に満ちている。しかし、コメント欄では察しているリスナーが多く、ご愁傷様というコメントで溢れかえっている。


「勝負は通称、鬼畜ボスや魔王、この世のすべての悪を終結させた悪魔以上のナニカ、と呼ばれているゴリラのゴリくんの大親友、ジョニーくん相手に球数一〇〇球中五〇球をホームランにした人の勝ち。というか、勝利条件がそれなんだけど。はい、準備ができたみてぇだから……勝負開始ぃぃぃ~!!!」


 こうして地獄のホームラン競争が始まるのだった。

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