127.ああ、どうにでもなれ……
誰かー助けてくださーい。僕は今、元中の人に監禁されていまーす。
お願いですから誰か――。
俺の訴えは防音工事がされている長谷部宅で意味をなさない。
では、スマホを使ってSOSを出せばいい? はっ。
色々と準備をしている時にスマホをテーブルに置きっぱなしにした結果、長谷部に奪われてしまい連絡手段が絶たれてしまう。辛うじて家族に無事を知らせることができたが、二つ返事で俺が外泊することを許可してしまう。
ああ、そうだった。うちの両親は結構自由にさせてくれるんだった。
ギチギチに子どもを自分の思うような、理想の進路や大学に進ませようと自由を剝奪し、操り人形のように糸を張り巡らせるようなことはしない。
それに長谷部の部屋に固定電話は存在しない。
もう詰んだ。はい、終わりで~す☆
はぁ……。
俺は蛇なる眼帯おじさんだったらこんな場所からスニーキングして脱出できるかもしれないが、残念ながら俺は一般ピーポーだ。
「むっふっふっふ……」
おいおい。仮にもヒロインと思われるお前がしていい顔じゃねーだろ。
俺は全身が身震いするほど、長谷部の舐めまわすような視線に戦慄してしまう。
「千隼と私は――」
どんな酷い要求をされるのか。俺は身構えてしまうが――。
「なんで配信なんだよ……」
そう言えば忘れていた。この長谷部乃唖という元中は櫛引に影響されてVストリーマーとしてデビューしていたことに。
来ヶ谷マリリン。俺はすっかり彼女の存在を忘れていたが、どうやら長谷部も同じだったらしい。配信頻度は週に一度すればいい方で、配信時間も一時間が平均的。
なぜ来ヶ谷マリリンで配信し、俺も一緒にすることになったのか。
それはこの長谷部が悪魔以上のナニカ、だからだろうか。
「マリリンで千隼が出演。で、あっすー……アズチーが参加することで盛り上がらない? 私がお兄さんをNTR……ああっ! ゾクゾクしちゃうわ♡」
「うわ……」
軽くドン引きしてしまった。目にハートマーク浮かべんじゃねーよ。
「つまりあれか。ぐちゃぐちゃにしてーってことか」
「体よく言えばそうね。だってさ、くだらない炎上にいつまでもあっすーが苦しむのは嫌だし。唯一の友達だから……」
「友達想いなんだな。優しいじゃねぇか」
「べ、別に! 友達が困ったら助けるものでしょ!!!」
「はいはい。そうだな」
案外、こいつも口にしないだけでお人好しな部分がある。
ということで俺は部屋の端にある配信スペースに行くが、そこでも俺は度肝を抜かれてしまう。
モニターは五つ。いかにもスペックが高そうなPCがいくつもあり、マウスやキーボード、ヘッドホンなんかも高級そうな物ばかり。
櫛引の三倍は規模が大きく、値段に限ってはその十倍はしていそうだ。
俺もこんな風にモニターを大量に揃えて、色々なことをしたいな……と妄想が広がる。
「告知なしで配信を始めて……じゃ、配信開始するよ~?」
「俺はどうすれば?」
「んー。最初っから参加でいいんじゃないかな? イチャイチャしているバカップルみたいに……きゃー♡」
「……」
いつの間にか配信が始まっていた。
「おい、何て呼べばいい?」
俺はマイクに声が入らないように小声で長谷部に質問した。
「マリちゃんがいいな~チラチラ」
「……わかった。俺のことは――」
「ダーリン♡」
「やめろ! お前も炎上するぞ!」
「いいもん! それでいなくなるんだったらマリリンのファンじゃないからいいも~んだ!」
「そうじゃない! 炎上してそれでファンが離れるっつーの!!!」
「下心持って、ワンチャンを狙ってきている人がファン? マリリンじゃなくて、キャラを通じて中の人を見ているだけじゃない?」
「マリリンファン!」
「あ、ちなみに配信中だからね♡」
「あっ……」
いつの間にか来ヶ谷マリリンの配信が始まっているとは知らず、ペラペラと喋ってしまった。案の定……というか、わかりきったことだがコメント欄は困惑と怒りと男の俺に対するコメントで埋め尽くされ、有り得ないほどのスピードで流れている。
「ちょ、おまっ――」
「いいのいいの! これは彼女――星宮アズサちゃんに対する挑発みたいなものだからいいの~。みんな久しぶり~♪ 二週間ぶりかな? しっしっし! あーあ、コメント欄が大変なことに! SNSも炎上中だ~!!!」
「なんでそんな楽しそうにしてんだよ!? 今すぐ配信を辞めて謝罪しろっつーの!!!」
「えーいいじゃーん。私の配信なんだか好きにさせてよね~。で、みんな~! 今日はスペシャルゲスト! なんと~渦中のあの人物……星宮アズサのお兄さんが私の隣にいま~す!!!」
「隣言うなバカ!!!」
ああ、やばいやばい。コメント欄もSNSも消火不可能なほど燃焼している。
ああ、すべてのヘイトが俺に向けられて、まさに四面楚歌という言葉がお似合いだ。
「それでそれで! お兄さんは~アズサちゃんとどんな関係なの? 本物のお兄さん? それとも……体だけの関係?」
「変なこと言うな! 俺とあいつは別に兄妹でも付き合っているわけでも――あ」
口が滑ってしまった。ただ単に兄妹であるという嘘を貫き、よからぬ関係でないことを主張すればよかったが勢い余って本当のことを言ってしまった。
「へ~。本物の兄妹じゃないのに一緒に配信していたんだ~。へぇ~」
「あ、いや。本物の兄妹じゃないけど……あれだ。義理、というか……」
「一緒にお泊りしたのに? ベッドでイチャイチャしたって、アズサちゃんから聞いたけど?」
「はぁっ!?! 待て待て待て! ベッドでイチャイチャしてねぇ! 嘘つくんじゃねぇよ!!!」
ああ、もうやめてくれ……。
俺のポケットにあるスマホもさっきからブーブーと震えているし、誰か俺を助けてくれ……。
俺の切実までの訴えは誰にも届かず。
地獄のような配信は続くのであった。
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