123.停滞

 なるほど。渡部先生の言うことも理解できる。

 昨今、ハロウィン関連でニュースになることは必ずしもポジティブなものばかりでない。


 特にいつからかわからないが、都心部を中心に若者が集まるようになってからハロウィンがネガティブに語られるようになった。


 車を横転させたり、泥酔してそこらへんで寝転んだり。

 ゴミを路上に捨て、彼らがいなくなった後、街がゴミまみれになったり。


 他にもコスプレするだけして集まり、通行人やそこに住んでいる住民の生活に影響を与えたり。挙句の果てにはスリや痴漢行為と言ったものも増えていると聞く。


 もちろん、ここ最近は以前に比べて迷惑行為は少なくなったはず。知らんけど。

 渡部はそのネガティブな一面だけを見て高橋たちのイベントを潰そうとしている。


「高橋」


「橘君……」


 元気を失った高橋がこちらに振り返った。


「渡部がダメっつったんなら諦めるしかねぇ。学校じゃなくても他にできそうな場所や会場くらいあるだろ」


「今から場所取りは難しい。仮にどこかを借りるとなると諸経費がかかる。学校だからお金もかからずできると踏んだのにこれだと……」


 高橋はギュッと力強く拳を握り締めた。すぐに力を失いだらんと高橋の右手が弛緩した。


「これからどうするか、しっかり話し合わないと……ね」


 無理に空笑いをして高橋は教室に戻った。

 その背中は丸く小さく、頼りなさげに映った。




 いくら時間をかけて話し合っても答えを導き出せない。停滞感が蔓延し、誰もが諦めているような雰囲気まで出る始末。

 高橋を筆頭にあれこれ案を出し合っているらしい。色んなやつから話を聞くが、解決に向けたゴールの道筋すら見えていない状況のようだ。


 学年主任の渡部を説得できず。他の先生に協力しても渡部は訊かず。

 他の先生がうちの学校では都心で起きたような事態にならない、と渡部に話したところですべて突っぱねられてしまう。


 学校でハロウィンパーティーができない。

 だったら、他で会場を借りるのはどうだろうと提案があり、高橋が中心となって早急に動き出すが、こちらも渡部によって潰された。


 渡部の主張は、私たちぃの生徒、がぁ、ご迷惑をかけるとぉ、学校の評判ぁ、に関わるのでぇ、と。高橋らは渡部の妨害工作に腹を立てたが、渡部の言い分も理解できなくない。


 俺たちは音ノ内学園に通っている。その学校指定の制服を着て。

 つまり、俺たちは学園に通っている=学園を代表していると言える。


 生徒一人一人、自覚を持って行動しないと「あの学校に通っている子は――」というレッテルを貼られてしまう。いい意味でも悪い意味でもだ。


「中止にするべきなのかな……」


 珍しく弱気になっている高橋。俺はそんな友人に救いの手を差し伸べない。

 主人公ならばどうにかしてこの状況を乗り越えて行け。がんばれ。

 心の中で応援しつつ、俺はいつものように過ごす。


 気がつけば時間ばかりが過ぎ、金曜日、土曜日、日曜日……。

 月曜日になり、今日を入れてあといつかしか時間が残っていない。

 高橋はハロウィンパーティーを開くか中止するのか、その決断をできずにいた。


「高橋君。そろそろ決めないと……」


 綾瀬は高橋に時間がないとやんわりと告げる。

 この一週間ほどで高橋は随分と年を重ねた人のようにしわが深くなった。

 どこか髪の毛も元気がなさそうに見え、いつもの爽やかな彼の表情は何処へ。


「わかってる。わかってるよ……」


「っべー……」


 あのお調子者が調子に乗れないところを見ると空気も悪そうだ。


「橘。お前はいいのか?」


 本を読む俺に声をかけてきたのは加藤。


「俺は関係ねぇ」


「そうか? 高橋たちが困っているのに?」


「ああ。たまにはあいつらだけで解決しねぇとダメだ」


「ほう」


「いつも俺が調子に乗ってばかりだ。本来ならあいつらで何とかしねぇといけねぇのに、俺が調子乗って首を突っ込んでばかり。それじゃあ、一ミリも成長しねぇだろ」


「そうか? 橘がいてこそ、いや……お前がいてやっと完成するんじゃないか?」


「……」


「俺も残念だけど参加はしない。これからアンダーの世界大会がある。俺はそこでMVPをもぎとって、アメリカの奴らをビビらせたいんだ。俺がいるぞってね」


「お前ならMVP取れる。いや、取らねぇとだめだろ。そんで日本代表に呼ばれて一躍時の人に! スポンサーも付いてお金ががっぽっがっぽ! こりゃあ、すり寄るしかねぇな……」


「あははははっ! 橘らしいや! 俺はお前なら信じることができる。もし、アメリカでスターになったら、タダで招待してやるよ」


「ああ。楽しみだ」


 加藤なら世界的なスターになれる。ま、頑張ってほしい。

 俺に手を振って教室を後にした加藤を見送り、読みかけていた本に意識を戻す。

 さて、残り五日。高橋はどのような選択をし行動するのか。見ものだな。


 また俺に助けを求めるようだとお前は主人公かどうか疑いの目を向けてしまう。

 本物の主人公の意地とやらを見せてくれ。高橋ならやれる。

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