122.悪評は簡単に拭えない

 高橋らが考案したハロウィンパーティーとやらは順調に話が進んでいるらしい。

 俺は行く予定がないのであいつらの会話には加わらず、聞こえてくる話を偶然耳にするくらい。


 まとめると参加したい人だけが参加する。他クラスもやる予定だとか。

 仮装したい人はお好みで。それぞれがジュースやお菓子を買ってワイワイ楽しむとか。


 担任の先生に許可を貰って本番に挑む。

 来週の土曜日開催。本日は火曜日なのでまだまだ猶予がある。

 高橋たちは時間を見つけては教室内を彩る装飾を作ったり、会議を開いて盛り上がっている。


「本当に参加しないの?」


 櫛引にそう言われるが、俺の断固たる決意は不変だった。


「悪いな」


「……参加してほしかったです」


 柊は肩を落としてしまうが、彼女のその庇護欲を掻き立てる落ち込みに負けないように俺は気持ちを引き締める。


「いつでも参加していいから。僕はいつでも待ってるから」


 まったく。こいつらは俺に何を期待しているんだろうか。

 綾瀬も複雑そうな心境を心に潜めているのか、俺と目が合うと顔がぐったりと垂れてしまう。


 俺はそんな悲痛ともいえる視線を浴びて居心地が悪くなる。

 自分の世界に入ろうとカバンから文庫本を取って続きを読み始める。

 文字を追っていけば外野の声が気にならなくなり、本の世界に没頭できた。


「高橋君。ちょっといいかな?」


 周りの声が一切耳に入らないのに担任の先生が高橋を呼ぶ声だけがやけに脳内に響き渡った。


 読書の集中力が切れたので高橋の背を目で追う。

 先生と高橋はそれから教室を出て行ってしまった。

 ま、俺には関係ないし、あいつが怒られるということはないので何の心配ない。


「なんでですか!?! なんで……!!!」


 そんな高橋の絶叫に近い声が廊下から聞こえてきた。

 当然ながら教室にいた俺らはその異様な叫びに静まり返ってしまう。

 何人かのクラスメイトが教室を出て行ってしまう。


「ちょっと様子を見てくる」


 綾瀬がそう言って確認しに行った。

 何か嫌な予感がする。それもかなりのトラブルが予想される。

 ここで俺は無関係を装っておけば巻き込まれる心配がない。


 そうだ。これ以上、俺が首を突っ込んで何になるというんだ。

 たまには主人公である高橋一人で解決しろ。それが主人公が本来乗り越えるべき障壁だ。


 それを一人の力で突破するか。周りの人と協力して登るか。

 どの選択を取るかは高橋の自由だ。

 俺は文庫本に目を戻して読み始めるが、


「た、橘君……き、き、来てください!」


 柊が今にも泣きそうな必死な形相で俺に助けを求めに来た。

 よく見たら血相を変えたクラスメイト達が続々と廊下へ走っていくのが見えた。


「なんだ? 何かあったのか?」


「た、高橋君が先生と……お願いですから橘君も来て止めてください……!」


「あ、ああ」


 あの優等生が先生と一悶着は前代未聞の事態だ。

 俺は文庫本を置いて出入り口に集まるクラスメイト達をかき分けて教室を出る。


「なぜダメなんですか? 僕は先生に確認を取ってもらって、それで許可を貰ったんです。今になってダメと言われるのはおかしいですよ」


 高橋と対峙しているのは俺らのクラスの担任の田中先生。その隣にはあの悪名高い学年主任の先生、渡部が腕を組み不愉快そうなしけめっつらをしながら口を曲げていた。


「あのね。君たちは、ニュースぅ、見ないのかね?」


 とてもゆっくりとしたスピードかつ、ねっとりとした喋り方が特徴の渡部。

 あの先生は現代文を教えているそうだが、その戦場に行って写真を撮るかのような人物よりも遅く、更には粘っこい喋りは安眠を誘うで有名。


 更にはかなりの皮肉屋ということもあって大多数の生徒や先生から嫌われていると聞いた。


「僕はしっかり見てます。両親が新聞も読むので僕も毎日確認しています」


「それは感心だ。ええ。あのねぇ、ハロウィンというのはぁ、本来ぃ、宗教的な意味合いがあったと言われているぅ。それでぇ、悪霊を、払う際、火を付けたり、仮面を着けたとされていますぅ。それが現代のぉ、ハロウィンん、の仮装の機嫌になったと言われています」


 あまりにもスローで小声、ねっとりとした言い方に睡眠バッチリの俺が思わず意識を失ってしまうほどの睡魔に襲われてしまう。


「もちろん存じています。だから、僕たちは学校の教室でハロウィンのパーティーを開こうと――」


「それはぁ、認め、られませんぅ。ハロウィンのぉ、本来の目的から逸脱しぃ、社会秩序を乱すようなぁ、行為が散見していますぅ。都心ではぁ、街中で集まることを遠慮するぅ、よう自治体が動いているぅ、ところもあります。私たちとしてもぉ、昨今のぉ、ハロウィンの騒動を目にしてぇ、わが校でのぉ、ハロウィン、関連のイベントを禁止ぃ、くちゃ、するように私がぁ、中心となって決定ぃ、しました。学校の備品が破損、されたらぁ大変、ですから、ねぇ。ゴミもどうせ、君たちは放置ぃするでしょうしぃ」


「なぜ今になって禁止になったのですか? 僕は事前に許可を田中先生に貰って、ちゃんと計画を立てていたのに……」


「文句はぁ、勝手に許可したぁ、田中君にぃ、言ってくださぁ、いぃ」


「そんな……! あまりにも理不尽すぎます!」


「だからぁ、今このタイミングでぇ、禁止しますぅ、と伝えたのですぅ。私の許可なくぅ……仮にハロウィンパーティーを行えぇば、停学ぅ、処分になりますので」


「……」


 渡部はねっとりとした視線で高橋を一瞥し、それからねっとりとした足取りで行ってしまう。

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