121.これはそう。ラブコメのよくないところ

「しっしっし! まじでウケるんだけど~!!!」


 長谷部は脚をバタバタとさせて笑っている。

 学校が終わり、自宅近くの本屋に寄ると長谷部とバッタリ会ってしまった。

 それから櫛引との騒動もこいつは知っていたらしく、ファミレスに連れて行かれて事の経緯を話してくれと頼まれた。


 話すつもりはなかったがファミレス代を奢ると言われて、俺は紙よりも薄いプライドはあってないようなもの。

 櫛引との騒動を話し、もちろん彼女の自宅であれこれあったことは伏せて話していたが。


「あっすーからも聞いたけど、本当にやばったんだって~? 学校中のあっすーファンから詰め寄られたとか、昔の学園ものかよって感じ~?」


「木刀を持ってきたやつとか、中には先生もいて大変だったんだ。案の定、そいつは窓ガラスを破って先生にしこたま怒られたが」


「いいねいいね~楽しそうで。んで。あっすーとどこまでいった? A? B? それともC? もしや……DやE、F?!?!」


「話が飛躍し過ぎだっつーの。つーか、俺と櫛引は付き合ってすらいねぇから。というか、ABCを使うやつって今の時代いるのかって驚いたんだが」


 何十年も前だったらよく使っていたのかもしれないが、今の時代、そんな隠語が通用するとは思えない。


「え~つまんないの~。てっきり欲にまみれてるのかなーって思っちゃったじゃん。失望しちゃったー」


「はいはい。失望させて悪かったな」


「ほんとだよー。でさー。告白の返事はどうすんの?」


「……」


 告白の件に話が及ぶと俺は返答に困ってしまう。

 時間稼ぎとあれこれ誤魔化せないか考えるためにドリンクを飲む。


「千隼のことだからイエスかノーの二択で迷うことないと思ってたのに。どったの?」


「色々あるんだよ。あいつの配信が炎上して、少し精神的に参っているんだ。そんな状態で中途半端な答えなんて出せるかよ」


「あーそっか~。炎上したんだよねー」


 長谷部は忘れていたと軽く自分の頭を小突き、てへっと舌を出す。


「ド派手にな。というか俺が大いに関わっているから他人事じゃねぇんだけどな」


「ふーん。どうせすぐに終息するさー。で、また二人で配信して何食わぬ顔でゲームでもしたら問題ないと思うなー」


「それはダメだろ。今度こそ再起不能になっちまう」


「そう? 暴れまくる奴らを徹底的に訴えて統制すれば大人しくなると思うけど」


「恐ろしいこと言うなっつーの。というか、本気で笑えない案件があるから櫛引もお巡りさんや弁護士に相談しているらしいし」


 このご時世によくやる。

 推し活という文化はあまりよくねぇのかもしれねぇな。


 過度に購買欲を刺激し、推しのために限度を超えてお金を使う人も出てきている。

 中には普通に働いては無理だとして、そういうことに手を出す人も増えていると聞く。


 そこまで人に依存をするようになるといよいよ末期だと思わざるを得ない。

 ま、そんなこと言うと自分にも返ってくるブーメラン発言だが、俺は例えアズチーに恋人がいたとしてもショックを受けるだけで誹謗中傷といったコメントを彼女に投げかけることはしない。


 目が覚めてファンを辞めるか、以前のような熱量で応援できなくなるがファンを続けるくらいだ。

 推しに向けていた好意的な感情。または恋愛感情のようなものは一瞬にして別の色に染まってしまう。


 純粋が故に、また反転しやすいというのも推し活をしている人の心理なのかもしれない。


「怖いね~。だから、千隼が彼女を慰めたの? 熱く包容して食べちゃった? しっしっし」


「食べねーよ。弱みに付け込むクズ野郎じゃねーから」


「だよねー。そんなあからさまな人、中学の時にいたなー。私がちょっと元気ない時に、大して仲良くない男子が話聞くよーって話しかけてきて。案の定、下心丸出し。私の話聞くつもりはさらさらなくて、体目当てだったなー」


「……」


「そっかそっか。あっすーはついに一歩を踏み出したんだ」


「なんだ?」


「千隼はあっすーの告白の答えを見出せていない。つまり私にもワンチャンあるってことでしょ?」


「はあ?」


 長谷部はにっしっし、と含み笑いをして人差し指を立てた。


「でも、あっすーにも幸せになってもらいたいし―……あ、3P狙えると思ったでしょ! きゃー千隼君のえっちー」


「そんな誰にでもわかるような棒読みで言われてもな……」


「ち、バレたか。つまんないのー。べーっだ!」


 長谷部は何を考えているのか俺には予想がつかない。

 だけど、この状況を誰よりも楽しんでおり、よからぬことも考えていそうで怖い。


「いいんだよ? 私は二番目の彼女でも? あっすーも理解してくれるはずだよ~? どうどう? 魅力的な提案だと思わない? ハーレムだよ! 千隼みたいなスケベな男の子が一度は考える夢のハーレム!!!」


「……創作とリアルを混合するバカどもと一緒にすんな。興味ねぇよ、ハーレムなんて。一人の時間の方が好きだから、そういうのはお断りだ」


「えー……ハーレムだよ? 一緒にお風呂入ったり、ムフフなこともしちゃうんだよ?」


「一人でゆっくりできねぇだろ。つーか三人でお風呂入ったら狭すぎてストレスになるだけだ」


「ぶーぶー!!! 千隼ってノリ悪すぎ~!」


 ぶーたれる長谷部に俺は辟易してしまうのだった。

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