119.橘千隼、絶体絶命!?
「えーこれから橘千隼被告の尋問を始めさせていただきます。準備はよろしいでしょうか?」
綾瀬は眼鏡をくいっと持ち上げ、淡々とした口調で周りに問いかけた。
「はい……問題ありません……」
柊は緊張しているのか声が裏返ってしまっている。
「あはは。橘君、がんば!」
高橋は爽やかな笑みを浮かべながら俺に向けて検討を祈ってサムズアップしてウインクした。
「っべーよ、っべーよ! そんな……櫛引さんに限ってそんな……」
あいかわらずべーさんはベーしか言っていない。
ああ、そう言えばあいつ櫛引のことが好きだったな。あれかNTRってやつか。
というか、NTRもクソもないが。あいつが変な性癖に目覚めないといいが。
「こんな短期間にまさか……橘もやるときはやるんだな」
加藤は俺に向けてやるな! と、腕を組んでうんうんと頷いていた。
あのな、やってないっすよ……。
「こちらの準備はオッケーでーす♪ とっとと始めて先輩のすべてを吐かせましょー♪」
矢内の目が笑っていない。というかさっきからブレザーの内ポケットに手を伸ばしているけど、そこに一体何が入っているんですかね……。
まさか光ってない……よな?
「被告人、前へ」
綾瀬に促されて俺は前へ一歩踏み出した。
ここは教室のはず。なのになんだろうか。ここがまるで創作に出てくるような裁判所内のような雰囲気を醸し出している。
おかしいな……俺は教室に入ったはずなんだが。
朝起きていつものように家を出て学校に着いた。
だというのに教室は裁判所に様変わりしており、なぜかクラスメイトや他見知らぬ顔までもが俺に罵声や非難の声を浴びせている。
綾瀬たちは裁判官や検察に扮して俺のジャッジメントを下そうとしている。
なぜそうなったか。すぐにわかるだろう。
「被告人。名乗ってください」
綾瀬がどうやら司会進行をするらしい。
「橘千隼」
「橘千隼……ふむ。さて、単調直入に伺います。あなたは修学旅行をインフルエンザで行けなかった。間違いないか?」
「ああ」
「なるほど。では、私たちが修学旅行を満喫していた間、被告人はどこで何を?」
「まあ……インフルが治ったら学校に行って指定されたプリントで自習させられた」
「自習? おかしいな……では、なぜこの写真が出回っているのか説明してほしい」
綾瀬は顔のあちこちに血管の筋を浮かせながらスマホを取り出し、ささっと操作してこちらに画面を向けてきた。
スマホの液晶に写っているのは、俺と櫛引が仲睦まじく私服で歩いている姿。
それも櫛引が俺の腕に抱き付いている、まさにカップルのそれにしか見えない写真だった。
「偶然……じゃないっすかね。たまたまそのワンシーンを偶然写真に撮られた……つーか、それ盗撮だからダメなんだけど。そういう一部を切り取ってあたかも事実のように拡散されるのは甚だ遺憾だ」
「ふむ。否定すると?」
「あ、ああ……」
「これを見てもまだ言い訳できるか?」
綾瀬は画面をスライドさせる。すると今度は写真ではなく、短い動画になっている。綾瀬が再生させると、俺と櫛引は本物のカップルと変わらない距離感で会話し、二人揃って映画館の受付の人にチケットを渡し、劇場に入っていく様子が収められていた。
「被告人。これは一体……?」
「えー…………人違いじゃないっすか。ほら、自分とそっくりの……なんだっけ。そうそう、ドッペルゲンガー。それじゃないっすかね……」
「ドッペルゲンガー? これを見てもそうだと?」
立て続けにスライドさせまた動画を再生。今度は上映が終わり劇場から続々とお客さんが退室していくが、その動画にハッキリと真正面から俺と櫛引が映っていた。
すごいことに櫛引が俺の肩に頭を乗せ、すっかりとリラックスとしている様子が一ミリの言い訳を許さないほど証拠として突き付けられた。
「あー……」
つーか誰だよ!
そんな写真と動画を撮ったやつは!
このままでは完璧なまでの敗北となってしまうが……。
「ちょっと待った!!!」
てっきり異議ありますというかと思ったがそうでなかった。
櫛引が俺の弁護を担当するらしい。
「櫛引さん。どうぞ」
「はい。それは盗撮です! あまり良い行いと言えませんので証拠として無効です!!!」
盗撮がよくないことは確かだが、ここまで言い逃れできない証拠がある以上、何を言っても無駄だろう。つーか、櫛引の弁護とか頼りなさすぎる。
いつ櫛引が地雷を踏むのかわかったもんじゃない。
頼むから変なこと言って自ら誤爆しないといいが……。
「これはSNSにアップロードされたものです。そのアカウントはできたばかり。それもまるで自慢するかのように二人の写真や動画を載せていた……おかしいですね」
「……」
あのバカ。別垢でイチャイチャしている様子をアップしたのか!?!
櫛引は明らかに動揺しきってしまい、スカートをギュッと握ったり汗がぽたぽたと流れ出ている。
俺はあまりの警戒心のなさとやらかしに頭を抱えそうになってしまう。
やるなら鍵垢でやれよ……。
「ま、待ってください! これには理由があるんだ!!!」
こうなったらやけくそだ。
俺というひねくれものの得意分野にみんなを巻き込んでカオスな状態にしてやる。
「被告人に発言権はありません。というか生存権もありません」
「基本的人権はどこに行った! つーか、話を聞け話を! 勝手にあれこれ言いやがって……まったく、お前らは噂好きだな」
俺は呆れたぜ、と言わんばかりに両手を広げて首を傾げて見せる。
「俺と櫛引は修学旅行に行けなかった。当然ながら学校に呼び出されて自習させられたわけだ。これは間違いねぇ」
「ええ。そうね」
「そこで俺と櫛引は時間と暇を持て余していた。つーことでゲームで勝負することになった。罰ゲームありでな」
「ほう」
「俺は冗談で罰ゲームはこれだって言ったんだ。恋人みてぇに振舞ってもらう。もちろん、一日限定のな」
「……」
綾瀬さん?
というか女性陣がやけに殺気のこもった目で見てくるのやめてもらえませんかね?
プレッシャーぱないっす。あのまじで……。
「櫛引は俺が負けたらパンツ一丁で学校の校庭を三周するって約束してな。もちろん、公平を期すためにお互いにやったことのないゲームをな。それで結果的に俺が勝ち、櫛引が負けた。罰ゲームは櫛引が受けることになった」
「……へぇ」
綾瀬の左目がピクピクと痙攣していた。あの、怒ってないよね?
「そんで櫛引はすっげぇ嫌だけど仕方なく恋人っぽく演じて映画に行った。一応、それっぽくするために写真と動画を撮っておいた。本当ならそれで終わりだったんだが……」
俺はパチンと指を鳴らした。
「それだったら、と。SNSのアカウントを作ってそこに載せようと。もちろん、櫛引は俺をボコボコにされるくらい怒ったが、俺は無理を通してアップしたんだ。勿論、後でちゃんと削除して終わりだったんだが」
俺はここで決めるとやれやれと口をへの字に曲げた。
「そこまで変な方向に事実を曲げられると困るよ。なあ、櫛引。そうだよな?」
「え? ええ……ちはっ……橘君の言う通りよ」
「……」
全部嘘だ。罰ゲームなんて話はまったくの出鱈目だ。
本当は櫛引の自宅で配信して、それで炎上して彼女をフォローしに深夜出向いて。
それから彼女の家で一泊して、そうしたら告白されてキスをされ……。
あれ……?
これがバレたら俺……命がないんじゃ……?
「明日葉ちゃんがそういうんだったら……」
綾瀬を筆頭に納得してくれたようだ。
つーか、俺の発言ってそんなに信用ないのか?
なんとか事なきを経た俺と櫛引だったが……。
「おーい。お前ら何してんだ? 机と椅子を元に戻しなさい。HR始めますからね」
担任の先生が現れ、そこで簡易裁判は終了。
しかし、その後も櫛引との仲を尋問され大変な思いをするが、それも俺の華麗なまでの言い訳で切り抜けていくのだった。
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