117.とてもお楽しみでしたね

 死ぬかと思った。いや、死にやしないが。

 まさかあのタイミングで告白されるとは。


 クッソ……最悪だ。

 あんなのただの言い訳でも弁明でもない。

 結論から遠ざかるようにそれっぽいことを言葉にして曖昧にしただけ。


 つまり結論を先延ばしにしただけだ。

 爆弾を抱えたまま、いつそれが爆発するかを待つだけになる。


「はぁ……」


 櫛引のやつ。あんなことしておいてすぐに寝ちまったらしい。

 それに比べて俺は生理的反応をしちゃって、そのせいで睡魔は一向に訪れない。


 あれは反則だ。あんなことされたら、いくら俺でも天使と悪魔が激戦を繰り広げて何とか天使が勝利したくらいだ。


「どうすっかな……」


 そんな弱気な言葉が出てきてしまう。今回ばかりは解決の糸口を見つけ出すことは困難と言ってもいい。

 俺が蒔いてしまった種をどうやって対応するのか。

 早めに抜いてしまうのか。それとも成長を促すべきなのか。


 あいつの告白を受け入れれば高橋らの関係性に必然と変化が訪れる。

 いい意味でも悪い意味でもだ。あまり深く考えたくないが、彼女たちがどう反応してリアクションするのか想像もしたくない。


 また告白を断れば櫛引の精神状態が悪化することが予見される。

 ただでさえ、Vストリーマー活動初めての炎上が起こってしまい、櫛引の精神的なショックは計り知れない。


 ネットやSNSは現実世界と違って顔が見えない。

 だからなのか、目の前にいる人間に対して言わないような悪辣で攻撃的な発言ができてしまう。


 その暴力的ともいえる言葉は文字となり、直接本人に届くということは攻撃をすべてなんらかのフィルターを通さずに伝わることを意味している。


 正直、俺でも眉をひそめてしまうような投稿が散見され、訴訟という人生を変えるかもしれない事態になるかもしれないのに平気で出来てしまうことに驚きと失望の感情が出てしまう。


「……櫛引。もう寝てるか?」


 完全にフォローしたつもりでも足りない場合がある。

 寝ている櫛引に声をかけても意味がないがやはり不安が上回ってしまう。


「なに?」


「起きてたのか?」


「呼ばれた気がして目が覚めたのよ」


「悪いな。起こしちまったみてぇで」


「ううん。全然。それでなにか?」


「ああ。アドバイスになるかわかんねぇけど、SNSの通知を切っておくといい。それに一か月、いや二・三カ月はSNSやポータルを見ない方がいい。絶対にアズチー関連の話題で持ちきりだろうし、お前にひでぇ言葉を投げつける輩もいるだろうから。だから――」


「うん。わかってる。ついさっきチラッと見て後悔しちゃったもん」


「そっか……」


「ありがと。私のために色々と考えてくれて。嬉しい」


「いや。俺はただ」


「わかってる。千隼は優しいもんね。それと櫛引じゃなくて明日葉。明日葉!」


「いや櫛引のままで――」


「いや! 明日葉って言わないと部屋の電気つけっぱなしにするからね!」


「……」


 ガキかよ!

 つーか、こいつってこんなに子どもっぽくて我儘だったか?

 いや、これが櫛引明日葉っていう女子の本質というか素の部分なんだろう。


 俺という好きな人がいることで本当の自分でいられる。

 まったく。困ったお姫様じゃねーかよ。今時我儘お嬢様キャラなんて需要あるか?

 でも、案外女性向けの創作物だと我儘お嬢様キャラでライバルポジションって結構見かけるから、そういう主人公や他との差別化のためにはいいキャラ設定なのかもしれない。


「へいへい。明日葉。これでいんだろ」


「!?! えへへ……もっと、もっと名前で呼んで♡」


「……明日葉」


「うぅ……なんだかこう……ゾクゾクしちゃう」


「……頭の中でどう妄想を繰り広げるか自由だけど、変なことだけはするんじゃねーぞ」


「なぁっ……!!! 私がそんな変なことするわけないじゃないの! 第一、変なことってなによ!!!」


「一人で――」


「死ね!!!!!!!!!!!!!」


 ベッドから何かが投げつけられ、見事俺の顔面にクリーンヒット。

 少し痛かったが、彼女のベッドにあるぬいぐるみの一つを投げてきたようだ。

 これは……デフォルメされた可愛らしいライオンのぬいぐるみ。


「そういえばベッドの近くにティッシュが置いてあったけどさ、それも――」


「鼻をかむためにあるのよ!!! あんたみたいな性欲モンスターと一緒にしないでくれる!?!」


「俺はベッドの近くに置かねぇよ。風邪引いたときくらいだっつーの」


「うるさい! あーもう……せっかくいい感じだったのに…………」


「ナニが?」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」


 手当たり次第のぬいぐるみが俺に向けて投げられた。

 櫛引。その強肩だったらアメリカで成功するかもしれ――いてぇ!!!!


「ちょっと櫛引さん!? 硬いものはアカンすよ!?」


「あんたの安否なんてどうでもいい。その減らず口を抹殺するためだったら私は悪魔に魂を売ることも辞さないつもりよ」


「ちょくし――」


「明日葉!!!!」


「明日葉やめ――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??!?!?!?!??!」




 翌日。

 土曜日ということもあって俺と櫛引はすっかり睡眠を貪ってしまった。

 結果的に起きたのは九時過ぎ。二人揃って一階のリビングに行くと、テーブルに一枚の紙が。


『昨夜は随分とお楽しみでしたね。せめてその……もうちょっと声を抑えてくれたらお母さんとお父さんは何も言わないから! 私とお父さんは明日葉の幸せを祈ってます! お母さん、お父さんより』


「「……」」


 やべぇよ……櫛引の両親は俺たちが意図しない方向に勘違いしてしまったとさ。

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