114.やっぱりラブコメは解読不可能

「マットレスに毛布。随分とまあ準備がよろしいことで」


「勘違いしないでよ! 他の子が泊まりに来ることもあるから買っただけ! 変な方向に考えないでくれる? きしょいんだけど」


「へいへい」


 それにしては使用感もないし、未使用独特の匂いがするのは俺が考えすぎか。

 櫛引が自宅に入れてくれたおかげで、俺は足を痛めてまで帰宅せずに済む。


 ま、本当は補導されるかもしれない恐怖で諦めたが、プライドというものはすでに捨ててしまったので問題なし!


 それを聞いていた櫛引は蔑むような目で見てきたが、そんな視線でダメージを負うような俺ではない!


「もう遅いから寝るけど、絶対に! 絶対の絶対のぜ〜ったいに! 私に変なことしたらぶっ殺すからね!」


「しねぇよ。そんな大声出すと親御さんに迷惑じゃねぇか?」


「む……一言うるさい! とっとと寝てくれる?」


「へいへい」


 まったく。今時ツンデレヒロインはウケが……いいのか?

 確かに一昔前は暴力系ツンデレヒロインが流行ったけど、今はどうなんだろうか。

 まあ、考えてみたらツンデレヒロインは今も人気のキャラ属性か。


 この櫛引というクラスメイトも分かりやすいツンデレだ。

 俺のことぎゃーぎゃーと罵詈雑言浴びせる癖に、なーんでか口元が緩々なのはバレバレ過ぎて笑ってしまうほどだ。


「なんだ。てっきり一緒のベッドで寝るのかと思ったよ。あの時みたいに。あ、でも夏休みのアレは一緒に寝てないか。俺はソファだったし」


「は、はぁっ!?! な、な、な……何を言い出すのかと思ったらなに!?!」


 櫛引をからかうつもりで軽めのジョブをいれたつもりだったが、本人からすると過去の黒歴史をほじくり返された形になり、勢いよく後ずさり壁に寄りかかりながら顔を真っ赤にする。


「なんだよ。本当は一つのベッドでおやすみしたいんじゃねぇのか? マットレスを用意した割にはベッドのすぐそばにセッティングしてあるのはなぜなんだろうねぇ?」


「あ、え、あ……そ、そんな意図してやったわけじゃ……」


 俺は櫛引にゆっくり近づく。彼女は俺から逃げるように壁沿いを進み、ベッドにひっかかって倒れてしまう。


「どうしたんだ? いつもの明日葉らしくねぇじゃん」


「あうう……名前呼びは反則……」


 壁ドンのベッド版をすると櫛引はすっかり小動物になってしまっていた。

 全身を震わせ体が強張っている。俺のことを拒否せず、怯えながらも受け入れようとしている。


「目閉じて」


「え?」


「閉じて」


「え……あ、あの……」


「いいから。早く」


「うぅ……」


 櫛引はおどおどしながら瞼を閉じた。さて。ここからが大事だ。

 このクラスメイトはきっとあれこれ妄想にふけっていることだろう。

 さっきからモジモジとして身悶えているが、これ以上視線を下に向けると年齢制限がつく恐れがあるのでやめておこう。


 さて。もういいかな。

 俺は顔の筋肉の準備体操をして準備を整えた。


「明日葉」


「な、なに……?」


「目開けてみて」


「え?」


「開けて」


「うぅ……」


 櫛引はおっかなびっくりしながら目を開ける。


「ベロベロバ~!!! あっはっはっはっは!!! 騙されてやんの~!」


「……」


「俺が少女漫画に出てくる男みたいな、肉食系な訳ねぇだろ。でも、お前が元気そうなのが確認できてよかった。早く寝て気持ちを切り替えて、明日以降例の炎上が収まるまでどうするか話そうぜ」


「……」


「おーい。櫛引? どうしたんだ?」


「……す」


「ん?」


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「おっと」


 櫛引は枕を手にして殴りかかるが、俺は華麗な身のこなしで躱す。

 彼女の目は本気で殺しにかかっているようだった。


「悪かったって。ちょっと元気づけようと思ってさ」


「うるさい!!! 死ね!!!!!!」


 ブンブンと振り回される枕を避けていき、最終的に壁際まで追い詰められる。

 が、俺は幾分か余裕を持って対処出来ていた。理由は単純。

 感情的になって大振りになっている以上、予備動作含めて簡単に避けることができる。


「動くな!!!!」


「嫌だね。結構痛そうだし」


「よ、よ、よくも私をバカに……死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇ!!!」


 櫛引は目をギンギンに充血させ渾身の力を込めて横殴りするが、俺はひょいっと膝を曲げて避けた。

 力任せに大振りになったが故に櫛引はバランスを崩し、そのまま受け身も出来ずに転倒しそうになる。


「あぶねぇ!?!」


 俺は反射的に櫛引に手を伸ばし抱き寄せ、彼女がフローリングに叩きつけられるのを防いだ。その代償として右腕を強打。爆発したような痛みに襲われる。


「うぐっ!?!」


 ダメだなぁ。発進する本物の飛行機にへばりついて撮影しちゃう、激やばな某ハリウッドスターのように上手くできねぇや。

 ダサく、それもみっともない。俺はスター適正まったくねぇみたいだ。


「いつつ……」


「大丈夫?」


「ああ。骨に異常は無さそうだ。安心しろ。こう見えて体は頑丈な方だからな」


「なにそれ。本当は強がってるくせに」


「強がりじゃねーよ」


「ふふっ。ありがと」


「ああ」


 櫛引の体温、男とは違い細身で柔らかい体。

 シャンプーかボディソープ、もしくは柔軟剤のいい匂いが鼻腔をくすぐる。

 それに口では平静を装っていても内心は心臓が破裂しそうなほど脈打っている。


 櫛引も俺と一緒でドキドキしているのがわかる。体同士が密着し、お互いの体温と鼓動を感じながらラブコメ的なシチュエーションに思考が乱されてしまう。


「悪い。いつまでもその……」


「あ、ううん! 全然!」


「さっきの件は悪かった。本当に元気づけようと思って」


「うん。わかってる。本当はちょっと……心細くなって」


「だろうな」

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