113.バカはバカらしく
「やっちまった。あまりにも無計画過ぎた……」
櫛引の自宅になんとかついたはいいものの、俺は肝心のことが頭からすっぽ抜けていた。終電で来たということもあって帰ることができない。
タクシーを使えばいいじゃん、とアニメにあれこれケチを入れる人のような指摘もあるかもしれないが、バイトもしていない高校生がタクシーに乗って自由に行き来できるほどの金銭を持っていないので無理だ。
それに時刻はすでに日付が変わる直前ということもあって、櫛引の家族はすでに帰宅しており、インターホンを鳴らすのが憚られる。
櫛引明日葉本人とは音信不通。どうしたものか。
外から見る限りだとあいつの部屋の明かりがついているからいることは確かだ。
どうするか。こうなったらしゃーない。
適当な小石を拾って櫛引の部屋の窓に向かって投げつける。
こつん、という小さな音がする。俺は櫛引が気づくまで小石を窓にぶつけ、それからすぐに窓が開いた。
「よっ。元気そうじゃねぇか」
「はぁ!? な、なんであんたがここにいるのよ!?!」
「炎上して傷心気味のお前の様子を見に来たんだよ」
櫛引は嬉しさと戸惑いが入り混じったような顔をしていた。
「あれは……」
「大丈夫。リアルの噂話と一緒だ。時間経過とともに興味のねぇやつはすぐに忘れて平常運転できる。しばらく配信を控えて、大人しくしてたら早いうちに元に戻るだろ」
「でも……」
「気にすんな。お前は悪くねぇ。俺のせいで色々と巻き込んじまった。悪い」
「……」
「そんじゃ。元気そうな顔見れたから俺は帰る。じゃあな」
「は? ちょっと!」
櫛引は二階から飛び降りそうな勢いで俺を呼び留めた。
「なんだよ」
「帰るって……電車もうないでしょ?」
「ああ。脚があるだろ」
「歩きで? どれくらいかかると思ってるの?」
「さあ。俺の体力が持つか補導されるのが先か。デッドオアアライブだな」
「……バカじゃないの。ほんとに。バカ。バカだよ」
「そうだな。俺はバカだ」
「なにそれ。あんたらしくないよ」
「そうか」
「ほんと……もう……」
あいつの笑顔が見れたんならいいか。
ちと面倒だが帰ろう。
「ちょっと! どこに行くの?」
「帰るんだよ」
「本気?!」
「言ったろ。常に金欠が悩みのタネの高校生がタクシー料金払える金持ってるわけねーだろ」
「そうだけど……私のために来たって、本当に本当のバカじゃん」
「好きに言え」
「……あのさ。嫌じゃなかったらなんだけど」
「ん?」
「ほら、あんたが補導されるかもって思うとモヤモヤするし、これから歩いて帰ると大変でしょ? だから……」
「断る」
「私何も言ってないんだけど?!?」
はいはい。俺をそこいらのラノベ主人公と一緒にするなっつーの。
話の流れ的に「私の家に泊まっていけば?」というセリフに繋がることは明白だ。
そんなあからさまなラブコメ展開に無警戒でつっこむほどバカじゃない。
「またな」
「あ、ちょ……」
俺は軽く手を挙げて歩き始めた。
そうそう。俺はバカでいいんだよ。
足がボロボロになって、また後で色々と小馬鹿にされたり小言をうるさいほど聞かされる。
それでいい。俺の本来の役目はそんなもの。だからーー
「……すまん櫛引。やっぱ泊まらせてくれ!」
「……」
「お巡りさんに見つかる寸前だったんだよ! まじ怖かった! おしっこちびるところだった!」
「……」
あの櫛引さん?
物理的に俺を見下し、更にはさっきの感動を返せよクソ野郎、と目が言っている。
すまん……俺は口では立派なこと言っているが、ああいう組織には弱いんだ。
真面目が一番!
そうだそうだ!
「はぁ……呆れた。鍵開けるから待ってて」
「頼む! はあ〜冷や汗がすげぇことになってるわ」
心臓バックバク。冷や汗もドバドバ。
つーか、俺の意思はパスタよりも脆い。
「俺ってどうしようもないくらい弱いなぁ……」
計画性なし。度胸もない。
こうなると予想することもできない。
本当にバカだと思う。バカはどうやっても治らない。
「ほら、早く入りなさいよ」
「わりぃな」
「私の両親、朝早いからそれまで静かにできる?」
「はっ。俺を何歳だと思ってんだ?」
「後先考えないで私の自宅にやってきたのはどこのどいつか……知ってる〜?」
「あ……知らない…………っすね」
「え〜? 嘘〜?」
なんだろうか。いつもの櫛引だったら目は笑っていないはずなのに、今に限ってはとても楽しそうにしている。
「おかしい〜。千隼の頭って空っぽなのかな〜?」
「ちゃんと脳みそパンパンに詰まってるっつーの。ノーベル賞も夢じゃねぇ」
「え……冗談は顔だけにしてくれる」
「マジになるなって……言ってる俺がやべぇやつみてぇだろーが」
夜間のいい時間帯に俺と櫛引の雑談は終わらない。
これだったら俺……櫛引の家に行かなくてもよかったのでは?
そういう無粋なツッコミは無意味。
櫛引はきっと炎上の件で苦しかったはず。
俺のおかげで少しでも気が楽になればよかった。
なんつーか。はぁ……。
俺ってこんなお節介焼きだったっけ?
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