112.やけくそ

 ああ、くっそ。なんなんだよもう。

 俺はベッドに横になってここ最近のことでイライラしてしまっていた。


 修学旅行に行けなかったこと。

 後輩による執拗なまで俺の自宅に押し掛けてくること。

 櫛引の配信で俺は目の敵にされる。


 何もかもうんざりだ。

 はぁ……俺何やってんだろう。


 漫画の世界のモブキャラである橘千隼になって半年が経過。

 気がつけば一年の終わりが見えてくる頃合いになっている。


 今までは橘になりきろうと必死になって大事なことが抜けていた。

 俺はいつまでこの世界にいればいいんだ。


 いい加減元の世界に戻してくれ。

 ああ、もうクソが。橘ではない元の俺が誰だったのか記憶がぽっかり消失してしまった。


 橘になった当初はハッキリと記憶していたはずが、気がつけば無限に広がる海に砂を落としたようにどこかへ行ってしまった。


「……どうやったらいいんだよ。もういい加減にしろっつーの。神とやらがいるんだったらこの苦しみから解放してくれよ」


 修学旅行のドタキャン。それ以前に矢内や長谷部、柊に綾瀬。櫛引といった女性陣はなぜか高橋でなく俺ばかりにフラグが立ってるんだよ。


 俺はラノベ主人公のように鈍感でもない。意識しないように、主人公の邪魔をしないように心がけていたはずが、まさかの事態を招いてしまうとは思ってもみなかった。


「もう無理だよ……修正できねぇよ……」


 つーかなんでこの世界の高橋はモテねぇーんだよ。

 ルックスは問題なし。性格はまあ……許容範囲内に収まっている。

 ファッションセンスは壊滅的だから誰かのアドバイスは必須。


 ほら!

 かなりの良物件だよ!

 これを逃したら後悔するよオキャクサン!


「はぁー……」


 散々愚痴って少し胸のつっかえがなくなった。

 元の世界に戻ることは……現在、何一つヒントもなければ解決方法も見当たらないので後回しにするしかない。


 次に女性陣だが……これはどう乗り切ればいいんだ。

 橘が恋愛をしたら……きっとこの世界は終了か滅亡する可能性がある。


 こんな橘千隼という登場回数が少ないキャラクターとメインヒロインがくっついたり、ハーレムを形成したら漫画の終わりだ。


 そんなことを現実にやってみろ。炎上どころの騒ぎじゃ済まない。

 まあ、メインヒロインがぽっと出の男に寝取られた……だったら俺ですら激怒して漫画を地面に叩きつけてしまうだろう。


 まさかそんな作品は……ないよな。

 つーかメインヒロインの一人でいいから幸せにさせたれよ、ラブコメ主人公。

 ハーレムは百歩譲って許す。全員幸せにできる覚悟があるなら、やべぇと思うけど好きにすればいい。


 どのヒロインも選ばれず終わるラブコメは責任逃れだ。

 誰か一人を選ぶか全員を選びなさい。と、誰か言ってました。


 頼むから誰でもいいから高橋とくっついてくれ。

 そうしたら漫画は終わり。ハッピーエンドだ。


 高橋は誰かとフラグが立っているはず。

 俺は一人一人、フラグが立っていないか脳内で整理するがこれっぽっちも該当者がいないことに絶望してしまう。


 なんでだよ!

 あいつは主人公だろ!!!

 なんでヒロイン一人ともフラグが立っていなければ、いい感じのイベントも発生してねぇんだよ!


 つーか、よく考えたらモブなのかサブなのか、所謂脇役の橘ばかりフラグが立っている。おかしいだろうがよ……。はぁ……。


「疲れた……」


 あれこれ小難しいことを考えていたら頭が疲れてきた。

 気分転換にSNSを覗いてみると、アズチーの名前が何故かトレンド入り。

 なんだろうと思って見てみると、男と同棲している疑惑でアズチーが絶賛炎上中。


 燃え広がった炎は家屋を包み込み、周囲を巻き込む形で爆発的に他の家屋を巻き込んでいる。


「はぁ? なんでこんな事態になってんだよ」


 アズチーファンとしては看過できない事態だが、俺は肝心なことを忘れていた。


「もしかして俺のせい……?」


 いやいやいや! 待て待て待て!

 一応、アズチーの兄という超絶ガバガバなその場しのぎの嘘で信者をだま……アズチーの兄という設定で上手くやっていたはずだ。

 なのになぜ……。


「さっきの配信だろうな……」


 おそらくアズチーのことをよく知らない連中が面白おかしく拡散したり、そういう悪評をバラまいているんだろう。

 アズチーも長文で噂を否定して沈静化を図るが更に燃えてしまい収拾不可能になっているようだ。


「櫛引の奴、大丈夫か?」


 俺はそこまで冷たい人間じゃない。

 櫛引に電話をかけるが応じる様子が全くない。

 試しにメッセージも送ってみるが既読がつかない。


「相当ショック受けてんのか?」


 Vとして活動して初めての炎上。

 いくらあの櫛引といえど落ち込んでいることだろう。

 燃えに燃えてしまった原因は少なからず俺も絡んでいる以上、他人事のように俯瞰して見守るのは無責任だ。


 時刻は夜の十時を過ぎている。終電には間に合うだろう。

 俺はすぐさま外出の準備を整えて家を後にした。


「変な気を起こすわけないと思うが……」




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