111.大ピンチ!?

 気がつけば時間だけが過ぎていく。

 修学旅行は三日目。高橋らは京都で充実した日々を過ごしていると連絡が来ている。


 俺はというと病院に行きインフルエンザが完治したとお医者さんのお墨付きをもらい、明日から学校に行くことになっていた。

 若さゆえの病気に対する完治能力の高さが仇となり、他の同級生が修学旅行を楽しみ、その後の休み二日を優雅に過ごしている間、俺は学校に行き謎のプリントを配られ、指定の時間まで勉強をさせられる。


 なんなんだこれは。とはいえ、櫛引は俺よりも先に学校で勉強しているとのことなので、軽く煽ってやったらガチギレされて、そのお詫びとしてアズチーの配信に強制参加させられるのであった。


 修学旅行に行っていれば四日目となる金曜日。その日の夜、俺は櫛引宅に呼び出され彼女の部屋にいた。


「遅い!!!」


 開口一番、櫛引に怒られてしまった。


「仕方ねぇだろ。電車が遅延したんだから俺が同行できる次元の話じゃねぇって」


「だったら、遅延することも考慮して早く来るのが常識でしょ?」


「どこのブラック企業だよ……。これだから日本はダメなんだよ。遅刻には厳しく、残業には甘い。外国人には理解できない話ってよく言うよな」


「それはそれ。これはこれよ。まったくもう! 配信ギリギリじゃないの!」


 櫛引はカンカンに怒りながらも配信の準備を進めていた。

 この櫛引という女の子は口でガミガミ言っているが、そこまで怒っておらずむしろ俺を罵ったりバカにするのが楽しいらしい。


 俺がドMだったらよかったが、残念ながら罵声を浴びせられて気持ちよくなれるほどの感性を持っていない。

 まったく……櫛引も外国語でデレてくれたらいいんだけどな……。

 いや、英語もロクにリスニングできないのに外国語でデレてもわかんねぇか。


「今日は何するんだよ。俺が飛び入り参加するのはいいけどちゃんと考えてるのか?」


「もちろんよ。今日はこのメイド・ガーデンをプレイしようと思ってる」


「メイド・ガーデン?」


 ああ、あれか。メイドさんが接待してくれる、ちょっと大人のお店でキャッキャウフフするゲームのことか。

 今ちょっと話題になっているゲームをプレイすること自体は構わないが、そのメイドガーデンは如何せんえちちな傾向のあるゲームと聞いている。


「どんなゲームか知ってるのか?」


「ううん。可愛い女の子が出てきて攻略するゲームでしょ、どうせ」


「いやいや。結構……なんだ。えっちなゲームだって聞いているが」


「はぁっ!?」


 櫛引はまったく知らなかったのか、一瞬にして頭が沸騰して湯気が噴き出し、顔は梅干しのように赤くなって狼狽していた。


「噂によるとメイドさんと野球拳をしたり、アイドルみたいな衣装でダンスをするとか。他にもドキドキ目隠しASMRとかがあって、世の紳士淑女が大変お世話になっているとかなんとか」


「あ、え、あ、そ、そうなんだ。ふーん……」


 櫛引は配信準備が終わり俺の隣に座ったが、やけにもじもじしているのはなぜだ?

 そう言えば忘れていた。このクラスメイト、むっつりスケベなことを今思い出した。


「その、なんだ。櫛引一人でも楽しめると思うから。うん」


「ど、どういうことよ!」


「ノーコメントで」


「むー!!! 私を何だと思ってるのよ!」


「むっつりスケベ」


「死ねっ!!!」


 そう言って俺のほっぺをつねるが否定せず、あまり痛くないことからして図星なのだろうか。

 つーか。なんで俺と一緒にやるゲームがメイドガーデンなんだよ。

 ほらー。配信前なのにSNSで荒れてんじゃん。


『アズチーとお兄さんがあのゲームするのか(困惑)』


『なんかモヤモヤするんだが……』


『腹立つわ~』


『なんか目の前でイチャイチャカップルを見せられている気分になるんだが』


 みんな発言に気を遣っているところに可愛いと思えてしまう。

 一昔前だったらもっと殺伐として地上波で流せない言葉が投げかけられていたのだろう。誹謗中傷はよくないからみんなしちゃダメだぞ!


 言論統制最高! もっとやれ! 批判も苦言もお気持ち表明も反対意見すべて犯罪になって捕まっちゃえ! 目指せハッピーな言葉しかない平和な世界を!

 あれれ? どこの独裁国家かな?


「ゲーム始めるから。静かにしてなさいよ」


「へいへい」


 ということでアズチーの配信が始まった。


「みんな~元気? アズチーだお~♡」


「……」


 よくもまあ、隣にクラスメイトがいるにもかかわらず、キャラを守って配信ができるなと思う。俺だったらあまりの恥ずかしさにモニターを倒してしまいそうだ。


「今日はお兄ちゃんとこのメイド・ガーデンをプレイするよ~! お兄ちゃん、どうぞ!」


「どうも。ガヤ担当のお兄さんです」


「ねぇ~もっとテンション上げていこうよ~。ね?」


 ガンを飛ばしながら可愛い声で言うなっつーの。


「へいへい」


「もぅ~。ごめんね~みんな。お兄ちゃん、ちょっと思春期というか年頃の男の子だから許してあげてね☆」


 あーあ。コメントが荒れに荒れている。

 多分、アズチーの配信で一番コメント欄が統制できず厳しいコメントが飛び交っている。


「なあ妹よ。今日やるゲーム、別のやつにしないか?」


「今日はこれにするって決めたの!」


 やるゲームが問題なんだと思う。俺はやんわりと提案するが、アズチーこと櫛引は断固としてメイド・ガーデンをプレイするらしい。


 アズチーのファンの溜まりに溜まった不満が爆発し、コメントに厳しめのコメントが多く流れていく。


「リスナーのみんな。落ち着いて欲しい。俺は妹とメイド・ガーデンをプレイするだけだ。ただのゲームなんだ。冷静になってくれ」


 俺が行ったところで終息に向かうことはない。むしろ、火に油を注いだの如く、俺に対するコメントが噴出。男要らねぇんだよ、お兄さん消えてほしい等々。

 どうやら俺に対して相当な不満が溜まっていたらしい。


「み、みんな~。そういうこと言っちゃダメだよ~! めっ! だからね!」


「……」


 アズチーが異性とコラボ配信することに相当嫌な人が多いらしい。

 なるほど。これが俗に言う、異性との絡みを見たくないってやつか。


「わかった。俺はここでおさらばだ。妹よ。配信楽しんでくれよ」


「あ、ちょ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る