109.取り残された人たち

 ピンポーン。


「お前……なんで……」


 俺は玄関のドアを開けると、修学旅行に行っているはずの櫛引明日葉が目の前に立っていた。ちょっと照れくさいのか、俯きがちになっていた。


「連絡したでしょ? その通りってこと」


「お前……修学旅行当日に貧血で倒れるって。何してんだよ」


 櫛引からの説明が本当であるならばの話だが。

 修学旅行当日、新幹線のある都内の駅に現地集合となっていた。

 俺たちの学校の二年生は続々と時間内に集まっていたが、櫛引は朝から体調がすこぶる悪かったらしい。


 それでも薬を飲んで電車に乗って向かったが、耐え切れなくなって駅員に助けを求めたらしい。

 その後、病院に行き診察を受けた結果、貧血と診断された。

 点滴を打って体調が快方に向かったが、今から修学旅行は危険とお医者さんに告げられた。


 というのが事の真相らしい。

 そんな貧血で倒れた櫛引がなぜ俺の自宅にいるのか。それは。


「帰るついでに俺のお見舞いって……別にそこまでする必要ないだろ。お前は今日一日、安静にしてないとダメなんだろ?」


「平気。病院で点滴も打ってもらったし、ちゃんと食事も採れてるから!」


「はぁ……そうかい。あんまり長居するなよ」


「うん」


 櫛引をいつまでも玄関に立たせるわけにも行かない。

 俺はリビングまで櫛引を案内し、飲み物とお菓子を用意した。


「橘君の体調は?」


「もう少しで完治ってところだ。でも、櫛引は帰ったら手洗いうがいしておけよ。まだ俺の中に病原菌がいるんだからな」


「わかってる。ちゃんとお風呂に入って洗濯する。ちゃんと消毒しないとね?」


「言い方は間違っていないんだけど、なんだろうな……俺を汚物だと思ってないよな?」


「ぜーんぜん♡」


 櫛引の目は全然笑っていなかった。あ、この目はマジだ。そうだ。


「そんでだ。俺は見ての通り体調に問題なし。ちょっとここで休んだら帰るんだぞ?」


「え、うん……」


 しょんぼりとしてしまう櫛引。俺としてもインフルが完治していないということもあり、櫛引に移したくない気持ちがあった。

 俺は櫛引と距離を取り、お茶を飲んでのどを潤してから二階に行こうとした。


「どこに行くの?」


「自分の部屋」


「寝るの?」


「俺は病人だぞ?」


「そ、そうね」


「もう帰れ。親御さん心配してるんじゃないか」


「……うん」


 櫛引は体調がすぐれないのか元気がなかった。




 それにしても暇である。本来であれば修学旅行で京都と奈良にいるはずだが、不運のインフルエンザの罹患によって自宅療養を余儀なくされた。


 インフルエンザはしんどい。高熱が出て頭がくらくらする。

 鼻水も洪水のように止まらず、咳ものどの痛みも酷い。

 俺の場合は関節はあまり痛まなかったが、風邪を酷くさせた症状に悩まされてしまった。


 二度とインフルエンザにかかりたくないと思ったのと、マスクをせずにゴホゴホと席をする人に近寄らないと決めたのであった。


 とはいえ、数日で症状もよくなってきてから退屈だった。

 朝から晩までベッドで横になり、スマホで時間を潰したり本を読んだが、それでは退屈が上回ってしまう。


 どうにかしようにもインフルを治さないことに始まらない。

 まずは安静に。それから病院の先生の許可が得られたら学校に登校して自習しないといけない。


 修学旅行に行けなかった分。出席しないといけない決まりがあるらしい。

 俺の場合、インフルエンザということもあって、みんなが修学旅行の振り替え休日の二日、登校しないといけないらしい。


 おいおい、ふざけんなよ。こっちは好きでインフルエンザになったわけじゃない。

 はぁ……もうどうにでもなれ。本当に嫌だったらどこかの文学賞を取った人みたいに、学校に立てこもって革命でも起こすか。


「……櫛引でもいいから誰か来てくれねぇかな」


 一人でゲームも漫画も本もいいが、俺以外のクラスメイトや同級生が修学旅行を楽しんでいると思うと、何だか腹が立ってきてしまう。

 せめて昨日みたいに櫛引が来て話し相手になってくれたら、このイライラとした気持ちがちょびっとでも消化してくれる。


 はあ……。

 高橋が俺のためを思って写真や動画を送ってくれるが、やはりあの鈍感ラノベ異世界転生系主人公はカメラの腕前も最悪。

 手ブレがひどいし、被写体の一部だけだったり、全体を撮ろうとして台無しになっていたり。


 なんでこう……ちょこちょこおっちょこちょいな性格があるんだよ!

 あいつの性格を鑑みるにわざとでなく、必死になって俺のためにやっていること。


 まったく……こういう愛おしいと思ってしまう一面があるからこそ、異性や同性からもモテるのだろうか。

 人間は完ぺきではなく、不完全なものに魅力を感じてしまうことがある。


 不完全だからこそ、必死に努力したり人間味があり、そこに多くの人が引き寄せられるのかもしれない。

 ダイヤモンドよりも、道に落ちている石に価値を感じる小学生が一番感性がすぐれているんじゃないかと思ってしまう。


 そんな一人であれこれ考えてしまうほど、俺はモヤモヤした感情が溜まっていた。

 あーあ。なんでこんなに運が悪い……。


 ピンポーン


「……嫌な予感がするな」

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