108.運の悪い男と
修学旅行が目前に迫っていた。
三泊四日の日程で京都と奈良を巡る。
中学以来二度目だが、あの時に比べて日程に余裕があり、何よりも自由に出歩ける時間があるのはでかい。
これで神社仏閣を見て回れるし、休憩もサボりも自由だ。
とはいえ、そこまで自由もないのでちゃんと予定を立てないといけない。
あれこれ考えているうちに修学旅行が明日に控えた時、俺は……。
「なぜインフルエンザにかかっちまったんだよ……」
俺は修学旅行の数日前に高熱を出してしまい、病院に行ったらインフルエンザと診断された。鼻の穴に綿棒を挿入され、痛い思いをして検査した結果だった。
今は容体が安定し、熱も下がって咳も治ってきた。
それでも修学旅行に間に合わず、俺は一人自宅で待機することになったのだ。
修学旅行の四日プラス振替休日の二日の約一週間、俺は手持ち無沙汰になってしまった。
「なんでこうなった……」
俺はベッドに横になり天井を眺めながら、自分の不運を嘆いた。
なんでこんな奇跡的なタイミングでインフルエンザにかかり、みんなが修学旅行に行くタイミングで快方に向かうんだよ!!!
インフルエンザはお医者さんの許可がないとダメということもあり、俺は泣きながら諦めざるを得なかった。
京都と奈良に行きたかった……。あそこの魅力はわかる人にはわかるんだ。
歴史と伝統、日本の文化の中心出会った場所であり、誰もが一度は訪ねたい場所でもある。
そこに行くチャンスを逃してしまい、俺はなんたる不幸なのだろうか。
あれか。本屋にいたマスクもしないで豪快な咳をしていたあのお客さんのせいか?
頼むから風邪の症状が出ているときは外出を控えるか、マスクをしてほしい。
マスクに一応の効果はあるので頼みたい。マスクしたくないから休め。
「はぁ……」
でもまあ、中学の時一度行っているからいいんだけどさ。
それでもあいつ許さねぇからな。一生あの人を陰で恨むことが決定した瞬間だった。
「ん?」
俺が一人で嘆き悲しんでいると、スマホがブブっと鳴り見てみると、
「櫛引か。あいつのことだから俺を笑っているんだろうが」
櫛引からのメッセージが送られてきたようだ。
どんな風に笑われるのか楽しみだが、他の面々からも次々とメッセージが届いた。
高橋はと言うと。
『このタイミングでのインフルエンザは非常に残念だね。君が修学旅行行けない分、僕たちは楽しんでいくよ! もちろん、橘のためにお土産もいっぱい買ってくるから、安静にして休んで!』
やっぱりお前はいい奴だ。
綾瀬は、
『あなたは運が悪いのね。お土産は買ってあげるから早く治しなさい』
綾瀬も短いがお土産に言及してくれたのは嬉しい。
櫛引は……。
『なんでこのタイミングでインフルエンザ!? クッソウケるんだけどwwwww』
おい。このタイミングのインフルエンザは俺だって意図してねぇよ!
まったく、俺を嘲笑するのはいいが、帰ってきたらダル絡みしてやるからな。
柊は、
『橘君の分も楽しんできます。あの……お土産は何がいいでしょうか?』
柊。お土産は無理のない範囲でいいからな。最悪、櫛引にすべて買ってもらえ。
細なんとかという見知らぬ人のメッセージは未読スルー。
加藤は世界大会参加の都合で修学旅行に行けない。あいつは海外だから、お土産買ってくれると言ってくれたのでそれはそれで待ち遠しい。
「はぁ……暇だ」
体調が良くなったと言え、まだまだインフルエンザが完治したわけでない。
今日明日は安静にして、先生のお墨付きをもらうまでは自宅待機だ。
早く寝てインフルエンザを直さねぇと。それに修学旅行に行かない人は学校に行って自習しないと出席がもらえないとか。そういう制度やめない?
俺みたいなイレギュラーな生徒にとってきついって。頼みます、お偉いさん方。
そうして俺がベッドで横になって安静している中、高橋たちは修学旅行に行ってしまった。俺は多少の喉の痛みと鼻水が残っているが、体調は快方に向かっている。
ああ、あいつらは今頃新幹線に乗ってワイワイバカ騒ぎしているころだろう。
まったく。なんで俺はこうも運が悪いのだろうか。
橘千隼という男がもたらす、悪運を引き寄せてしまう体質のせいなのだろうか。
まあ、いい。将来笑い話の一つに消化してしまえばいいことだ。
「ん?」
スマホが震えて見てみると、櫛引からの電話だった。
なんだろうと思ってすぐに電話に出ると、
「もしもし。何の用だ?」
「あの……」
「どうしたんだ? こんな時間に電話してさ。今頃、お前らは奈良県にいるんだっけ? 一日目は奈良で一泊。二日目から京都。もう着いたのか?」
「えっと…………」
「どうしたんだ? なんか歯切れが悪いな。あ、俺の体調の心配はしなくていい。インフルエンザってちゃんと薬を飲んで寝て安静にしたらすぐに治る」
「その……」
「そうだな。お土産はなんでもいい。あれはいらないからな。小さい子がついつい欲しがっちゃう、ドラゴンが剣に巻き付いた、あのキーホルダーはいらねぇからな」
「今の橘君でも本当は欲しいんじゃないの?」
「……いや、半分、いやちょっとくらいは興味ある。今のそういうキーホルダーはどうなっているか、見てみたい気持ちはあるがいらないからな?」
「はぁ……実はね――」
「……はぁ?」
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