106.それでも俺は

 文化祭は終わった。あれだけ騒がしく慌ただしいイベントはもうこりごりだ。

 精神的にも肉体的にも摩耗するだけで、大した見返りはなく思い出という抽象的なものだけが残り、それは時間の経過とともに忘れ去られてしまう。


 そんな儚く無駄に思えるイベントをする意義とは?

 俺にはわからない。きっと大層ご立派な理由や意義とやらがあるのだろうが、そんなくだらないことをしている暇があれば勉強をするか、文化や芸術について知る機会を増やした方がいいと思う。


 ま、俺みたいな駒がいくらこうすべきだと上から目線でお偉いさんに熱弁しても、あの人たちは興味なさげにスルーしかない。

 彼らの興味があることはお金と人脈。また、権威と権力。そんなものを得てどうするのか。俺には一生をかけても理解できないことだろう。


 ま、文化祭は学生の自主性を育んだり、イベント事を通じて学校の魅力を伝えるチャンスなのかもしれない。ま、そういう見方もあるだろうし、楽しんでいた人もいる以上、俺がアレコレ異を唱えることが虚しいだけだ。


 それでだ。俺は文化祭後の二日は自宅から出ることなく、グダグダすると決めているのだ。


「ああ、至福の時間じゃあ……」


 俺は文化祭の翌日は疲れで一日寝込むと思っていたが、高校生の無限ともいえる体力を過小評価していた。

 昼前までぐっすりと眠ったが、目が覚めたら疲れはほとんどとれてしまい、寝汗が酷かったのでシャワーを浴びると、完璧に目が覚めて元気もりもりのマッチョメンに……ならないけどね。


 元気もりもりのマッチョメンって、公衆電話を持ち上げて投げた元特殊部隊の人かな? あの映画マジで面白いんよなぁ。


 よくよく考えれば高校生ってマジでバイタリティがおかしいと思う。

 だってさ、自転車通学をする人も珍しくないが、平気で一時間かけて学校に行く人だっている。


 普通に考えれば一時間も自転車に乗れば疲労が溜まり、休みの日は体力回復のために寝込んでもおかしくない。

 しかし、高校生はご飯を食べて睡眠をとってしまえばリカバリーができてしまう。

 友達と遊んだり、はたまた遠くへ出かけたり。


 本当にその元気はどこからやってくるのかしら。

 まあ、そんなくだらねぇことはいいんだよ。こういう至福の時間をダラダラと過ごすのも悪くないが、やはり一番楽しみなのはアズチーの配信じゃ!


『みんな~!!! お久しぶり~!!!』


 アズチーはここ最近、私生活が忙しくなるとのことで配信を一週間おやすみしていた。まあ、文化祭が色々と立て込んでいた……という実情を知っているが、それはそれ。これはこれだ。


『ごめんね~? 待たせちゃったかな? 本当は配信してみんなとお喋りしたかったんだけど、すごくバタバタと慌ただしくて~。でも、今日から配信復活するから、みんないっぱいお話ししようね~☆』


 コメント欄は狂喜乱舞の大騒ぎ状態になった。


「元気そうでよかった」


 俺はどこぞの序盤で死んでしまった将軍の実写俳優のように、不敵な笑みを浮かべながら腕を組んで感動していた。


 アズチーの配信が一週間なくなるということで俺は結構凹んでしまったが、文化祭が終われば配信すると櫛引にこっそり教えてもらい気合が入ったのだ!


 今日も変わらずアズチーは可愛いなぁ。ドゥフフフフ……。

 俺はアズチーの配信を楽しんでいると、デスクに置いていたスマホに通知が届いた。


「またあいつかよ……」


 誰かから聞いたのか、いや犯人の目星がついているので後でお叱りをするとしてだ。昨夜から永遠と矢内からメッセージが届くようになったのだ。


『せんぱ~い。今何してるんです?』


 こんな感じで俺の行動を逐一聞いてくるようになった。

 その度に適当に返事して話を終わらせるが、矢内のそれは鬱陶しいほど送ってくる。


「……返事は後回しだ」


 後であれこれぶーたれるかもしれないが、今はアズチーの配信を骨の髄まで堪能することが優先事項だ。スマホの電源を落とし、俺はいつものポーズを取ってモニターを注視する。


『これから配信再開なんだけど~、十一月もちょっと忙しくなるかもなんだ~』


 コメント欄が『え~』という残念がるコメントが勢いよく流れていく。


『私の配信モチベーションが下がっているとか、引退を考えているわけじゃないから安心して~! 私はみんなと一緒にゲームをしたり、雑談をする時間をこれからも大事にするから、応援よろしくね~☆』


 彼女の百点満点の言葉にコメント欄は大盛り上がり。

 俺も勝手に父親面をして何度も深く頷き、自然と涙が溢れ出てしまう。


「……そういえば十一月って修学旅行か」


 ふと、アズチーの配信頻度が低くなってしまう、十一月に何があるのか思い起こしていると修学旅行があることに気づいた。


「ダメだ。アズチーと櫛引は分けてみないとダメだ」


 中身を知っているからこそ、こういう時にリアルのことが想起されて現実に引き戻されてしまう。それにしてもだ。


「夏休み明けってなんでこんな行事が詰まっているんだよ……十二月も体育祭があるんじゃなかったか?」


 ついでに年が明けてすぐ、マラソン大会とスポーツ大会がある。

 いや、寒い時期にマラソンは百歩譲っていいとして、スポーツ大会はいらねぇって。

 


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