105.後片付け

 後夜祭は有志のバンドによるライブらしい。櫛引からメッセージが届いていたが、俺は変わらずに行かないと返信した。


 後片付けは順調に進んだ。両面テープで張ったダンボールを剥がすだけなので簡単だ。机と椅子の壁も一つずつやれば事故にならず、一時間ほどで終わってしまった。

 休みなく片付けたということもあってへとへとだった。もう無理だ。

 だけど、ここで終わってしまったら意味がない。俺は言うことを聞かない体に鞭を打ち、机と椅子を並べていく。


 やっと、やっと……終わった。

 元通りの教室になり、俺は倒れるように自分の席に手をついて尻餅をついた。


「流石にもう無理だ……」


 大体のことは終わったが、後はダンボールの山を捨てるだけだ。

 かなりの量があるので何度か往復しないといけないので、これまた最後に面倒なものが残ってしまった。


 そんなことよりも今は体力を使い切ってしまい、すでに歩くのが困難になってしまった。しばらくは動けそうにないので、つい先ほど買ってきたオレンジジュースを飲んで休憩。


「もう後夜祭は終わったのか」


 どんちゃん騒ぎの声が教室まで聞こえてきていたが、今はすでに静まり返っていた。学校に残っているのは俺くらいだろうか。まあ、いい。


「先輩ってここにいたんですね」


 矢内が教室のドアを開けて現れた。彼女は後夜祭を満喫したのか、顔は紅潮して汗が流れている。


「ああ」


「もしかして片付けしてたんですか?」


「ああ」


「え~?! 一人で?」


「ああ」


「返事が一言しか返せないということは本当なんですね。なんでそこまでするのやら……私には理解できません」


 矢内は呆れたと言わんばかりに口をつぐんだ。


「今日中に終われば明日来なくて済むからな。丸々二日休めるってことだ」


「そのためにへとへとになるまで片づけを? バカみたいですよ。自分だけ辛く大変な思いをして、他の人は楽をして。自分を犠牲にしてまで他人に尽くす。その考えは理解できませんし共感できないです」


「別に他の奴らのためにやってねぇよ。自分が楽するためにやってるだけだ」


「……」


「ああ。丁度いいや。矢内、ちょっとでいいから手伝ってくれないか? かなりの量のダンボールをごみ捨て場に持っていきたいから協力頼む」


「嫌です」


「そこをなんとか!」


「……一つ、聞いていいですか?」


 矢内は俺の前の席の椅子を引いて座った。


「なぜ私を許したんですか? 先輩が豪運の持ち主だったからよかったものの、下手したら死んでいたんですよ? なんで……」


「だから言ったろ。俺ですべてを終わらすって。そうすれば誰も悲しまず、誰も傷つくことがない。その方がお互いにとっていいだろ」


「よくないですよ! 私は先輩を刺したんですよ!? なのになんで……」


「何度も言わせるな。もう終わったことを一々ほじくり返すほど、俺は人生暇してねぇんだ。そんじゃ、ダンボール持ってゴミ捨て場に行くぞ」


「私、行くと言ってませんよ」


「だったら贖罪を兼ねて付いてこい。それですべてをチャラにしてやるよ」


「何を偉そうに……わかりました。行けばいいんですよね?」


 矢内は文句を垂れながら俺と一緒にダンボールを捨てに行ってくれた。

 これで作業がはかどると思ったが、そんなことなく矢内はダンボール一枚だけ持って付いてきて、結局俺がほとんどのダンボールを持って捨てに行くことになるのだった。




「何か飲み物飲むか?」


 ダンボールをすべて処分し終わってから、俺と矢内はあのベンチに来ていた。

 ベンチの近くにある自販機で俺はオレンジジュースを買っていた。


「お茶でお願いします」


「りょうかい」


 お茶を買って矢内に向かって下手投げで渡した。


「先輩。こういうのは投げて渡しちゃダメですよ。落としたらどうするんです?」


「落としたくらいでペットボトルがおしゃんにならないから大丈夫」


 俺はベンチの端に座って矢内が座れるように配慮したが、彼女は俺と距離を取っているので叶わず。些細な配慮のつもりだったが、空振りに終わってしまった。


「後夜祭どうだった?」


「どうなんでしょうか。素人で演奏もバラバラ。歌唱も褒められたものではなかったですよ」


「そういう問題じゃねーよ。お前が楽しかったのかどうか聞いているんだ」


「そこそこですかね?」


「微妙な受け答えだな……」


「だって、ウケを狙って流行の曲ばかりだったんですよ。あの人たちにバンドの魂は感じられませんでした」


「辛らつだな、おい」


 俺はオレンジジュースを飲み切ってしまった。すでに外は暗く涼しい風が汗を乾かしてくれる。


「先輩。私はこれからどうすればいいんですか?」


「はあ?」


「先輩に酷いことをして、一歩間違っていたら私は人殺しになっていました。なのに先輩は不問と言って……」


「ああ。それね」


 俺は立ち上がってペットボトルをリサイクルボックスに入れた。

 矢内はどこか苦しそうに胸をギュッと掴んでいた。


「俺はお前の親でも先生でもない。自分で考えろ」


「先輩。それは酷いですよ」


「そうか? 昭和の時代はこれくらい当たり前じゃないか?」


「今は令和です」


「そうだったな」


「茶化さないでください。私は真剣なんです」


「すまんすまん。で、なんだっけ?」


「だから! 私はこれからどうすればいいかって話です! 先輩に酷いことをして一歩間違ったら人生そのものが終わっていたんです。それを――」


「そこまでして構ってほしいのか? そうやって高橋にも言っていたのか」


 矢内の表情が固まった。


「自分勝手に相手を踏みにじるようなやり方をしていたら、本当の意味で友達なんかできやしない。恋人もな。どうやったら人に好かれるようになるのか。他人を蹴落としたり、傷つける以外の手段を見つけられたら答えに近づくんじゃないか」


「……」


「それに俺はお前みたいに、自分の思い通りにならないからと言って、暴力に訴えるやり方なんてしない。暴力を否定する方法は暴力をしないこと。どっかの偉人が教えてくれただろ? ちゃんと歴史の教科書見るように。歴史から学べることは多いはずだぜ」


「……」


「そんじゃあな。がんばれよ、矢内」


 そうして文化祭は終わるのだった。

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