104.あっという間に終わりに近づく
文化祭二日目はあっという間に終わりに近づいていた。
時間を忘れてしまうほど忙しいということもあるが、それ以上に予想外の来訪者のせいで時間を食っているということもある。
長谷部という嵐が来て去ったと思ったら、まさか俺の母親が長年の友人を連れてやってくるとは。念入りに来ないでほしいとしつこいほど言ったつもりだが、俺の活躍を見たいとの理由で無理やり訪れたらしい。
俺がバーッと驚かせたらすぐに気づき、ちゃんとみんなと一緒に文化祭を楽しんでいると勘違いしてしまったらしく、歓喜の涙で俺は居心地が悪かった。
「あんたのお母さん。とてもいい人ね」
「……ノーコメントで」
櫛引が半目でニヤニヤとこちらを見てきたが、俺は穴があったら入りたい気持ちで何も言えなかった。
他にも櫛引の中学時代の友人が来たり、やけに顔つきが怖くて大柄な外国人が来たときはこちらがビックリしてしまった。
どうやら加藤の父親らしく、二人で文化祭を満喫していたとのこと。
「俺の親父さ、顔は怖いんだけどすっげぇ優しい人なんだ。笑うととてもチャーミングで気さくな人でさ。でも、昔はマッド・ドックって言われるくらい暴れていたけど、今はよき父親だから恐れる必要はないよ」
加藤の父親は確かにめっちゃいい人だった。日本語は流暢だったし、加藤の友人ということで俺は頭をポンポンと撫でられた。
それに飲み物も奢ってくれて、お腹が減るだろうということでサンドイッチまでくれたのだ。
笑顔はとても優しく、俺らみたいな学生のために飲み物と軽食を奢ってくれて、頑張ってくださいと言われたらがんばれちゃう!
加藤のパパ、通称かとパパすげぇ。
身長は二メートル十二センチもある巨人だか、心は誰よりも優しくいい人だった。
でも。
「バスケのことになると昔のマッド・ドックが出てきてさー。すげぇスパルタで厳しい親父なんだ」
想像するだけで怖いが、愛情の裏返しということで納得することにした。
という、様々なお客さんが来たということもあり、あっという間にお昼を過ぎ夕方に差し迫っていた。
「次でラストでーす!」
さて。ラストということで気合を入れよう。俺と櫛引は長谷部やかとパパの差し入れのおかげでエネルギー補給は問題なし。
最後のお客さんは女性数人でうちの学校の人のようだ。
「ねーねー。翠って怖くないの?」
翠。ということは矢内翠が来ているらしい。
「ううん。全然」
「えーいいなー。私は怖くて無理だよ~」
櫛引も彼女の存在に気づいたのか顔が険しくなった。
「あの子よね?」
他の人に聞かれないように櫛引は小声で聞いてきた。
「ああ。でも、どんなお客さんでも変わらずにやるだけだ」
「……そうね」
矢内たちはビデオでキャーキャーと叫び楽しそうだった。
歩く度に仕掛けに驚かされ、満喫しているようでよかった。
そして、俺と櫛引の所まで来たところでバッと姿を現して驚かすと、矢内を除いた女性陣は走って出口へ。
残された矢内は俺たちを見てすぐ察したらしく、口元が緩んだ。
「櫛引さんと……橘先輩ですよね」
「……ああ」
俺は被り物を外した。櫛引も続いて外して対面することになった。
「どうだった? 俺たちのお化け屋敷は?」
「とてもよかったと思います。少なくとも他のクラスに比べて一段と楽しかったですよ」
「具体的には?」
「ビデオ。先輩の断末魔、あまりにも迫真過ぎて笑っちゃいましたよ? あれ本当に演技なんですか?」
「ああ。ホラー映画を参考に演技を固めた」
「そうなんですか」
「ねえ。矢内さんとお話しするのもいいけど、もう終わりだから出て行ってくれるかな?」
櫛引はそう淡々と言った。敵視するわけでもなく、ただ事実を述べていることに徹しているようだった。
「……そうですね。では私はここで。橘先輩」
「おう」
「私は……いえ。なんでもありません。ですが、最後のそれ。もっとちゃんとしていれば完璧だったと思いますよ?」
「これか? 本当はメイクをしたりあれこれ用意するはずだったけど、経費削減でなくなった」
「中抜きじゃなくて?」
「ちげーよ。ペンキ代が思っている以上に痛くてな。ま、しゃーないってやつだ」
「……」
「ほら行けよ。俺たちはこれから片付けなきゃいけねーんだからさ」
「わかりました。では」
「ああ」
矢内が教室からいなくなると灯りがつき、戻ってきたクラスメイトから拍手が起こった。無事二日間、やりきったということから自然と出てきた拍手だった。
「みんなお疲れ様! これから後夜祭が始まるけど参加は自由! 帰ってもいいし参加してもいい。強制はしないから好きなようにしてほしい」
高橋がそう言って解散と言った。半分ほどの生徒はすぐに帰路につくようだ。
残りは教室に残ってお喋りか、後夜祭の会場である体育館へと向かったようだ。
俺はその場の椅子に腰かけ、すーっと息を吸って吐いた。
文化祭が終わったと同時にやることが山積みになっていることから、安心というよりも後片付けの方が気になってしまう。
壁や窓に張られたダンボールを剥がし、それらを処分。
机と椅子を解体し、元の教室に戻す必要が出てくる。
「橘君」
「櫛引か」
「後夜。どうするの?」
「俺は疲れたからパス。少し休んでから帰る」
「そっか……」
「俺のことはいいから行ってこいよ」
「……うん。気が変わったら来てよ。私、待ってるから」
櫛引はそう言って綾瀬たちと合流して体育館に向かった。
俺は教室に残され、気がつくと一人になっていた。
まったく。一人というのは悪くない。雑音は聞こえず、邪魔するものがおらず自由に過ごせる。孤独かもしれないが誰からも縛られずに生きることができる。
その反面。一人で生きていかないといけない。それは悲しいことなのか。それとも人類の理想なのか。まあ、今の俺には関係がねぇ。
「さあて。片付けますか」
これは俺なりのけじめだ。みんなの迷惑をかけた、矢内の尻拭いだ。
ま、疲労度は限界ギリギリだが、解体作業なら早く終わる。
俺は膝を叩いて立ち上がり、前髪をかき分けて作業を始めるのだった。
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