86.忍び寄る影?

 俺と加藤は大量のダンボールを確保。

 近隣のスーパーのダンボールを手中に収めた俺たちだったが、これで仕事が終わりということではない。


 次に待っているのはダンボールを塗るという作業。

 なぜダンボールを塗るのか。お化け屋敷は内装が一番大事だ。室内を暗くし雰囲気を出すには用意したダンボールを塗る必要が出てくる。

 ただ教室を暗くすればいいという話ではない。


 どういうコンセプトで、どういう演出をするのか、また驚かせるのか。とまあ、そんな感じで文化祭実行委員を中心にお化け屋敷の細部を調整している。


 高橋や綾瀬、櫛引に柊も一緒にあれこれ話している。そう。それでいい。あれが正しい姿だ。

 ちょくちょく、高橋が俺を見ているがそれを無視して自分の仕事に集中しよう。


「おーい。手が止まってるぞー」


 加藤に指摘されてハッとなる俺。

 今現在、教室の端っこで新聞紙を引いてその上でダンボールをひたすらに黒く塗るという、超絶地味な作業をしていた。


 ペンキで塗るということで制服に付着すると困るので、俺と加藤は汚れてもいい服に着替えての作業中だった。


 黒に塗りつぶしたら赤い塗料で血痕を作っていくが、これがまたあまりにも地道な作業プラスペンキ独特の匂いもあって数をこなすのが難しい。


「わりぃわりぃ。ちょっとぼーっとしてた」


「大丈夫か? さっきから休まずに仕事していたから休憩するか?」


「そうだな。一旦、休憩しようか」


「助かる」


 加藤の些細な気遣いに感謝したい。バスケ部で一年生ながらエースとして、またPGとしてプレーしているということもあって細かい所に気が利く。


 俺は気分転換も兼ねて教室を出て一階の自販機まで足を運んだ。一階のちょっとした空きスペースが校舎の真ん中にあり、そこには多種多様な自販機が置かれている。

 それもあって、よく本学生はここを利用している。


「オレンジジュース……ねぇのかよ」


 いつもは売切のランプが点灯していないオレンジジュースは、今日に限って売り切れを知らせている。

 仕方ないので購買で紙パックのものを買い、近くのベンチで休憩することに。


 九月に入って少しだけ暑さが和らいだ、ということもあってか心地いい。

 例年だと十月まで真夏のような暑さが続くのにどうしたんだろうか。


 これも異常気象?

 考えたらきりがない。ゲリラ豪雨が降ることも珍しくなくなり、折り畳み傘の携帯も必須になってきた。


 頼むからさ、暑い時期は制服やめない?

 もっと涼しそうな生地のシャツだったりポロシャツを推奨するなり、ズボンだって丈が短かったり、ジャージみたいな素材もオッケーにしてほしい。


 本当に日本のお偉いさんは頭が固い。

 それに自分たちから時代に合わせて~とか、これからの時代は~とか言って変革していけば、勝手に周りがチヤホヤしてくれるんだからさ。


 うおーすげー。ちゃんとしてるーって。

 はぁ、こんなクソ暑い中スーツを着ているビジネスマンも暑さで頭がやられないといいが。

 うわー社会人になりたくねぇ。なんでこんなクソ暑い中、あんな機能性もクソもない服を着ているんだか。


 変な服じゃなければ別に良くね?

 なんで服装程度であーだこーだ言われるんだか。


「あ、橘先輩じゃないですか。こんにちは〜」


 俺はこの国を憂慮していると、例の声がして体に力が入ってしまう。

 振り向くと、あのギャルっぽい見た目をした矢内がわざとらしく手を振りながらこちらに近づいてきた。


「矢内……」


「はい。矢内翠です。先輩はこんな所で何をしているんですか?」


 矢内は愛想よく笑い俺の隣に座ってきた。

 俺は反射的に距離を取り、それがおかしく見えたのか矢内は苦笑した。


「女の子にそんなことしたら嫌われますよ?」


「だったら、密着する距離で座らないでくれると助かる」


「これくらい普通だと思いますけどね」


「お前の中ではな」


「高橋さんの言う通り、少し変わってますね。それでこんな所で何をしていたんです?」


「見りゃわかるだろ」


「先輩って意地悪ですよね。他の子だったらうざいと思われること言ってるって自覚ありますか?」


「もちろん。休憩しているだけだ。文化祭の準備で疲れたからこうやって飲み物を買って休んでいる」


「なるほど。一緒ですね!」


「矢内も?」


「はい! 私のクラスの出し物、演劇なんですよ。事前準備は言うほど大変ではありませんが、セリフを覚えないといけませんし、色々と大変なんです!」


 矢内はそう言って胸を張って大変なんだとアピールする。

 なるほど。演劇という名の黒歴史にならないといいが。


「そうか」


「先輩。リアクション薄すぎますよ。あなたは死人ですか?」


 呆れたように指摘する矢内。

 彼女の一つ一つのリアクションはとても可愛い子。そう連想する人が多いだろう。


「生きてる。ほら、俺の目はダイヤのように輝いているだろ?」


「泥の間違いだと思いますけど?」


「君、そんな淀みない笑顔でサラッと酷いこと言うね?」


「そうですか? 先輩の真似、してみました☆」


 矢内のウインク。慣れているのか舌も出してぶりっ子アピールも加えている。

 ああ、こいつはどうやったら自分が可愛く見れるのか客観的に見ることが出来て実行できる計算高い女子生徒だ。


 他の男だったらこいつの可愛げのある一連の所作にドキッとしてしまうだろう。

 俺はオレンジジュースを飲みながら、適当に相槌を打っておくことにした。


「せんぱ~い。さっきからめちゃくちゃ冷たいですよ? そんな態度取ってると人から嫌われますよ?」


「元から嫌われてるからのーぷろぶれむ」


「えー……」


「そんな侮蔑するような目で俺を見るな」


 俺は紙パックを潰してゴミ箱に捨てた。


「どこに行くんですか?」


「教室に戻るんだよ」


「そうですか。先輩」


 矢内は俺の前に回り込んで、首を若干傾け柔和な笑みを浮かべて言う。


「先輩のこと気になってきました。連絡先を――」


 俺は彼女の横を通り過ぎていった。

 呼び止められることもなく、俺は真っすぐ教室を目指して歩き続けた。


「へえ……」

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