87.撮影
お化け屋敷の内装のイメージ図はできたらしい。彼らの話を要約すると、入り口を入ってすぐテレビで映像を流し、呪われた云々の話の映像を見せてからスタートするとのこと。
内装は文化祭当日にそれっぽく着飾れば問題ないが、問題は映像。残り一ヶ月もない期間でどう映像を作るのか。
俺はビデオ班でもないので高橋らがなんとかしてくれるだろう。
第一、そんな将来絶対結婚式で使われるであろう黒歴史を残したくない。
ま、俺は結婚なんてできないだろうし、ロクに稼げもせずに怠惰な日々を過ごすことになるだろうが。
他のクラスでも思い出づくりのために映像を残そう、ということでビデオを回しているクラスもあると聞く。
そこまでして黒歴史を残すことに何の意義があるのだろうか。
興味がない、残そうとする勢力は勝手にやればいいのに、それに巻き込まれる人が可哀想だ。
彼らに配慮や遠慮という言葉はないようだ。そのノリを高校を卒業しても続け、更に濃縮して凝縮され、傍目からは奇異な儀式のようなものに変貌することに彼らは気づかない。
自分らは面白い、最高、イケている、と。
それは彼らという小さなコミュニティの中での話。
彼らの間で楽しくドンチャン騒ぎをするだけなら好きにすればいい。
外野がとやかく言う問題でもない。
だけど、彼らの多くは周りを巻き込み、迷惑を考えずに暴れまわることが青春だと誤解している。
ただの迷惑行為を青春と思い込み、自分たちのノリを面白い行為と拡大解釈し、意味や定義を捻じ曲げる。
つまりなにが言いたいかと言うと、勝手にやれ。周りを巻き込むな。できるだけ周りに迷惑をかけない範囲で騒いでほしい。
それだけだ。
「撮影場所はどうするつもり?」
綾瀬は高橋にビデオの件を聞いているようだ。
今現在、俺は加藤と一緒にひたすらダンボールを黒に塗りつぶしているが、途中経過を文化祭実行委員の佐藤らに報告するために教室に向かい、そこで高橋を中心に話し合いが行われていた。
「そうだね。いくつか候補を見つけたけど、お化け屋敷という特性上、夜の時間帯に撮影したいと思ってる」
「高橋も大変そうだな」
加藤は他人事のように言った。
隣りにいた俺はそうだな、と同意した。
「撮影するってことは、演者にカメラマン、その他諸々の準備が必要になるが大丈夫なんかね」
「あの様子だと全然決まってなインジャネーノ。なにやってんだか……」
「……なあ、橘」
「なんだ?」
「俺らもあっち行こうぜ」
加藤は高橋の方へ指を指してウインクした。
「はぁ?」
「ずーっとペンキ塗る作業ってのもしんどい。正直退屈だ。ずーっとペンキを塗って塗って塗って……あっちの方が楽しいんじゃないか?」
「はあ」
「俺らはかなりに量塗っただろ? 他のクラスメイトも塗っているし、あっちを手伝いに行ってみようぜ」
「お前、社畜の才能があるよ。俺は割り当てられた仕事以外はしたくねぇ」
「あっはっはっは!!! 橘の指摘もごもっともだな! でも、俺はあいにく退屈は嫌なんでな! お前も来いよ!」
加藤の巨体と長い手に絡まれたら逃げられない。
まるで蜘蛛のように捕まってしまった俺は加藤の意のままに連れられてしまった。
「おーい、高橋」
「加藤君? それに……橘」
高橋は俺を見て少し顔が強張った。
「俺もビデオ撮影に協力する。ついでに橘もどうだ?」
「……はぁ。俺はーー」
「賛成だってよ?」
「おい加藤」
「いいじゃねーかよ。橘はずーーーーーーーーっとペンキを塗る仕事を続けたいのか? あとで手形を作ると俺は聞いているが?」
「……わかった! わかった、俺も参加すればいいんだろ」
俺はもうどうにでもなれと投げやりになっていた。
だってさ、高橋や綾瀬以外にもクラスメイトがいるし、変な注目を集めてしまい会議を中断させた以上、身勝手な言動は空気を乱してしまう。
はあ、こんな形で参加するとは思わなかったが、しゃーない。
「橘が参加してくれると助かるよ! ありがとう、本当に」
「お前のためじゃねーよ。ペンキの匂いばっかり嗅いでいると頭がクラクラするから、気分転換。それに俺は何も言わねぇからな」
高橋は気難しい顔がほどけ、いつもの優しそうで頼りがいのある男の笑みが戻った。綾瀬たちもどこか嬉しそうにしているのはきっと気のせいだ。
「よしっ! 橘と加藤君が参加してくれた。二人からも意見を言ってくれると助かるよ。佐藤君、一ノ瀬さん。邪魔してごめんね」
この場を指揮しているのは高橋のようだ。おいおい、文化祭実行委員はお前がやればよかったんじゃないか?
そういう指摘は時すでに遅しなので置いておくことにして、話は本題に戻っていた。
「撮影場所になるんだけど、昨今はプライバシーや許可云々の問題があるから、撮影するにも細心の注意が必要になる。周囲の人に迷惑をかけないようにそれっぽい映像が撮れそうな場所、知っている人がいたら教えてほしい。もしくは知識がありそうな人がいたら挙手してほしい」
高橋の説明になるほどな、と俺は小さく頷いて同意した。
今は配信や動画投稿、SNSでの活動でお金を稼ぐケースが当たり前になっている。
何億も稼ぐ人がいる一方、他人に迷惑をかけたり犯罪行為をして注目を集める、いわゆる炎上系なる人もいると聞く。
俺はそういう人らにまったく興味が湧かないが、プラットフォーム側もしっかりと問題を認識して取り締まったり厳しく審査してほしいと願っている。
ま、プラットフォーム側のお方たちは無関心だろうけど。彼らが熱中しているのは貧困や差別・戦争や格差を無くすことよりも自分たちの懐を増やすことか、自分たちが熱中している考えを広めることにお熱。あーあ。俺もお金欲しいな。
「それだったらいい場所知ってるぜ」
加藤が自分を指差して堂々と言った。
「本当か?」
「ああ。昔から心霊スポットとして有名なトンネルがあるんだ。普段はあまり利用されない、森に囲まれた小さなトンネルなんだが、そこで昔、殺人事件があったという噂がある。そのせいで殺された女性の断末魔が聞えることがある……なんてな」
「トンネルか。なるほど」
「どうだ? そこでよかったら案内できるが」
「検討してみる。加藤君、提案してくれてありがとう」
「どういたしまして」
高橋としては有難い提案だったことだろう。
これでビデオの件が少し前進があればいいことだろう。若干名、例の心霊スポットの話をしたら顔が青ざめているが……ま、彼女たちは来ないだろう。
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