85.後輩ちゃんの登場!

 文化祭まで一か月しかない。当然ながら夏休み明けというにも拘わらずやけに慌ただしい学生生活が再スタートした。


 お化け屋敷ということで内装はほとんどダンボールで作らないといけない。そのためダンボール集めが急務となっていた。


「橘君と加藤君はダンボールをできるだけ多く、持ってきてくれると助かります」


 佐藤にそう言われて俺は加藤と一緒に学校を出てダンボール集めに奮闘していた。


「なあ、加藤」


「なんだ?」


「お前さ、また体大きくなった?」


「ああ、この夏でプラス三キロ増えたぜ! もちろん、筋肉が上積みされたからただ重くなったわけじゃない。体重が増える=動きが悪くなる。そう思っている人はまだまだいるみてぇだが、実際はそうじゃないって。ま、俺の言葉なんてそいつらに届くことはないだろうが……」


「筋肉分がプラスってことか。というか、制服新しいサイズにした方がいいぞ。はちきれんばかりになってるから早急にやった方がいい。で、夏休みはやっぱりアメリカに?」


「ああ。向こうの高校生とやったけど、やっぱりレベルが段違いだったな。だけど、俺は一度も負けなかったけどな! あっはっはっは!!!」


「向こうが本場なのにすげぇな……」


 そんな感じで和気あいあいと話をしながら学校近くのスーパーに到着。店員さんに事情を話し、ダンボールの山を台車を借りて山積みしていく。


「橘こそ、夏休みはどうだったんだ?」


「俺? 俺は……」


 ダンボールを積み上げながら、夏休みにあったことを引き出しから出していく。

 家でゴロゴロしていたか、櫛引の配信に積極的に参加したり、プールに行ったり。問題児が俺の家に泊まったりと、なんか普通に充実していた気がする。


「プールに行ったり、夏祭りに行ったり。そんくらいだ」


「夏祭りかぁ。日本の夏祭りってなーんか言葉にできないけどいいんよな。アメリカにいるときはずーっと、ジャンクフードばかりで飽き飽きしちゃってたからさ」


「そればっか食べてるとやばそうだな」


「俺は将来を見据えてジャンクフードは控えていたけど、やっぱり日本は素晴らしいと感じる。特に日本食は最強! 日本に帰ってきてからおにぎりばっかり食べてるくらいだからな」


「ま、自分の生まれた国の料理が一番おいしく感じるもんな」


 加藤との話は悪くない。俺とは全く違う世界線を見ているはずの彼だが、話に嫌味がなく興味深いことが多い。

 俺はスポーツをしている人は勉強を全くしない、勿体ない人と言う偏見を持っていたが加藤は違う。


 文武両道。英語もネイティブレベル。

 将来はアメリカで活躍すると豪語しているが、きっとこいつならスターになれる。そんな予感がする。


「加藤さ」


「なんだ?」


「サイン頂戴。今のうちに貰っておけば高値がつくだろうしな」


「あははっ! 橘らしいな! いいぜ。後で十枚書いて渡すからさ」


「そんなにいらねぇよ。そんなに数があったら価値が下落するだろ。至高の一枚、ここにしかない一品ものの方が高く売れるからな」


「あっはっはっは! 確かにな! 橘は面白いな! 俺もアメリカにいたすげぇプレイヤーからサイン貰っておけばよかったかな!」


「また来年貰えばいいんじゃね」


 そんな会話をしているとあっという間にダンボールを積み終わる。一旦、学校に戻ってから再度別の場所に行ってダンボールを探しに行こう。


「部活いいのか?」


「顧問の先生が学業と学校の行事が大事って人だからいいんだよ。日本の部活動に改革をって言ってる人だしな。俺も同意見だ」


「ふーん。珍しいなぁ」


 俺が台車を押しながらスーパーを出ると、ちょうど出入り口のところで俺らの学校の制服を着た学生とすれ違いになる。

 三人の男女が楽しそうに話していたが、そのうちの一人と目が合ってこっちに近づいてきた。


「こんにちは。一瞬別人かと思いましたけど、橘先輩で間違いなくてよかった。髪型変えたんですね。先輩もダンボールを貰いに来たんですか?」


「ん? 知り合いか?」


「ああ。高橋の後輩らしい。名前は……」


 加藤はあまり興味がないようだ。こいつの頭はバスケが大半を占めている男だ。


「矢内です。矢内翠」


「そうそう矢内だ」


「橘。相手の名前をちゃんと覚えような」


「……気をつける」


 加藤に言われるとイエスと言わざるを得ない。


「もしかして、橘先輩が押してる台車にあるダンボールって、ここにあったのもですか?」


「ああ。全部持っていってもいいと店員さんから許可を貰ったから、ありがたく全部頂いたところだ」


「あちゃ~! 少し遅かったな~。別の場所に探しに行かないと」


「矢内さんだっけ。俺たちだけで独占するのも悪いから、半分持って行きなよ」


「おい加藤」


「いいんだよ。こうやって言い訳を作っておけばサボれるだろ?」


「お前ってたまーに悪いこと考えているよな」


「誉め言葉として受け取っておくよ。ということでどうぞお好きなように持って言ってくれて構わないから」


「ありがとうございます!」


 矢内はクラスメイト二人を呼びに行き、俺たちが保有しているダンボールの半分を別の台車に乗せていく。


「ダンボールを恵んでくださり、ありがとうございます!」


「いえいえ。じゃあ、頑張って」


「はい! 橘先輩もありがとうございます」


「……」


「高橋さんによろしく、言っておいてくださいね?」


 俺は耳元でそう囁かれてゾッとした。

 全身に鳥肌が立ち、気がつけば矢内はクラスメイト達と一緒にダンボールを持ってスーパーを後にしていた。


 俺は彼女の後姿を見つめながら、額に浮かんだ汗を拭きとるのだった。

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